こないだ運転してて、ふと思ったのよ。
「雨の日の空は、低いなぁ」ってね。
「なんじゃそら?」てなもんやけど、思ったんだから仕方ない(笑)。
晴れた日の空は、遠く、高く、抜けるようなのに、雨の日の空はやたらと近い。
雲が、ずーんって頭上にのしかかってくる感じ?
「雨雲が、低く垂れ込める」なんて言い方をするけど、まさに。
ホンマそんな感じなのよね。
近くて重い。
湿っててまとわりつくイメージ。
で、問いが湧く。
「なんで雨雲って低く見えるんやろ?」ってね。
今日はそんな、よーっわからんけど意外とおもろい問いを、ちょこっと掘ってみようかな。
☆雨雲は、実際に低い
まず科学的に言うと、雨雲は実際に低い位置にできることが多いらしい。
湿度が高くて、空気が水分をたっぷりと含んでる。
すると、地上に近いところで水蒸気が水滴になりやすい。
そうやって、雲の底が低くなるってわけ。
さらに雨雲は、水滴が多くて密度がやたらに高い。
そして、光を通しにくいから、灰色や黒っぽく見える。
だから、重く見える。
実際には、雲が「重いから落ちてきてる」ってわけじゃないけど、見た目としては、
「なんか重そう」
「なんか近い」
「なんか圧がある」
ってなる。
しかも雨の日は、空気中の湿気も多いからね。
遠くの景色がぼやけたり、全体的に空気が白っぽくなったりして、遠近感も狂いやすくなる。
つまり、雨雲が低く垂れ込めて見えるのは、
・実際、低い位置にできてる
・光を通さない(重く見える)
・湿気で遠近感が狂う
この合わせ技。
なるほど、雨雲の近さ、ちゃんと理由がある(笑)。
☆近いものほど、重い?
じゃあここからは、まっつんスタイル的に転がしてみようかな。
雨雲って、人間関係に似てる(笑)。
遠くにあるものは、美しく見える。
でも近くにあるものは、時に重く感じてしまう。
遠い憧れはキラキラしてる。
でも近い関係は、やたら湿ることが多い。
どやろ?
これ、かなり人間関係の本質じゃないやろか。
恋愛でも、家族でも、友人関係でも。
距離が近いほど、相手の温度も、湿度も、匂いも、ついでにめんどくささも伝わってくる。
近いからこそ安心する。
でも近いからこそ息苦しい。
近いからこそ愛おしい。
でも近いからこそ、うっとうしい(笑)。
この“近さの重さ”。
なんか雨雲っぽくない?
☆ジメジメした関係とは何か?
人間関係にも、湿度ってあるもの。
乾きすぎた関係は、冷たく、湿りすぎた関係は、重たい。
例えばそう、感情依存が強すぎる関係。
「なんで返事くれへんの?」
「最近冷たない?」
「私のこと、どう思ってんの?」
こういうの、湿度100%。
愛を育てるつもりが、カビが育っとる(笑)。
あるいは、過去をズルズル引きずる関係。
「前はもっと優しかった」
「あの頃はよかった」
「あの時こうしてくれてたら・・・」
季節はとっくに移り変わってんのに、いつまでも同じ湿った空気の中にいる感じ。
乾かん洗濯物みたいな関係やね。
あと、愚痴や不満でしか繋がれない関係とか?
「あいつムカつく」
「世の中終わっとる」
「ホンマ最悪やわ」
これはなんやろ?雨宿りの関係?
嵐があるうちは一緒にいられるけど、晴れた瞬間に、意外と何も残らん、みたいな。
で、一番やっかいなのが、「察してほしい」で支配する関係。
言わない。
でもわかってほしい。
不満を言葉にせず、黒い雲みたく漂わせる。
で、そのうち雷が落ちる(笑)。
これら、まっつんスタイルが思う“ジメジメした人間関係”。
風が通ってない。
余白がない。
自由がない。
だから重い。
あなたはいくつ、心当たりがあった?(笑)
☆でも、湿り気のすべてが悪ではない
ただし、ここが大事。
湿っぽさが全部悪いってわけじゃない。
乾ききった世界に、人は長く生きられないからね。
ずっと晴天なら、そこは砂漠。
人間関係も同じ。
完全にドライで、干渉せず、踏み込まず、何も感じず、ただひたすら合理的・・・。
そんな関係、ラクかもしれんけど、色気もないし、おもんない。
エロもモテも、実はある程度の湿度が必要。
未練がある
ちょっと気になる
言いたいけど、言えへん
もう少し近づきたい
でも、近づきすぎるのは、ちょっと怖い・・・
この“あわい”。
この“あわい”に、色気が宿る。
不快と快のあいだ。
近さと遠さのあいだ。
重さと潤いのあいだ。
ここが、まっつんスタイル的・モテエロZENの領域。
考えてみたらそうやん?
湿度のない関係は、色気のない関係。
でも湿度が高すぎると?カビる。
大事なのは、“適湿”。
人間関係にも、換気が必要ってことかな(笑)。
☆入道雲は、遠いから美しい
一方で、夏の入道雲ってあるやん?
あれはめちゃくちゃ遠くに見える。
空高く、もくもくと立ち上がって、光を浴びて、白く輝く。
なんか神々しさすらある。
『ラピュタ』に出てくる「竜の巣」も、まさにあんな感じ。
遠い。
大きい。
怖い。
でも、惹かれる。
入道雲は、近くで見ればただの激しい積乱雲。
雷も鳴るし、豪雨も降る。
でも遠くから見ると、異様なほど美しい。
つまりこれ、“距離が美を作ってる”んよね。
これはズバリ、恋愛に似てる(笑)。
遠くにいる人は、美しい。
まだ知らないから、理想を投影できる。
だから、近づく前の恋は、だいたい入道雲みたいなもん。
眩しくて、壮大で、ちょっとだけ怖い。
そして近づいてみると、そこには嵐があったりする(笑)。
☆「竜の巣」を越える者
そう、『天空の城ラピュタ』の「竜の巣」。
あれもまた、まっつんスタイル的に、めっちゃいいメタファーやね。
外から見れば、巨大な嵐。
恐怖と混乱。
「近づくな!」と言わんばかりの暴風圏。
でも、その奥には静かな空間がたゆたってる。
モテも人生も、これと同じ(笑)。
いわゆる表面的なテクニックやノウハウは、雲の外側。
でも本当の魅力に近づくには、自分の中の嵐を越えないとダメ。
劣等感
執着
不安
嫉妬
承認欲求
過去の古傷・・・
この「竜の巣」を抜けた先にしか、静かな自信は現れない。
近さの不快を避けるだけでもダメ。
遠い理想に憧れるだけでもダメ。
湿りも、重さも、嵐も、全部くぐる。
その先でやっと、空が抜ける。
これがエロモテZEN的・竜の巣通過のメタファー(笑)。
☆湿度の美学
雨雲って、基本的には不快。
低くて、重くて、暗くて、湿っぽい・・・。
でも同時に、雨雲があるから地面は潤う。
雨が降るから、草木は育つ。
曇りがあるから、晴れの爽快感が際立つ。
これ、またしても人生と同じ。
湿っぽい感情、重たい関係、近すぎる距離。
避けたいものはたくさんある。
でも、それらを全部排除した人生ってどうやろ?
たぶん味気ない。
潤いもなけりゃ、陰影もない。
大人の色気。
それは、湿度を完全に消すことじゃないんよね。
湿り気を抱えながら、ちゃんと風を通せること。
重さを知りながら、軽く笑えること。
近さの不快を知りながら、それでも誰かと近づくこと。
そういうことなんちゃうかと、雨雲の低さは教えてくれる(笑)。
☆締め
「雨雲はなぜ、低く垂れ込めて見えるのか?」
その理由は、実際に低い位置にできるから、光を通しにくいから、湿気で遠近感が狂うから。
でも、まっつんスタイル的には、それだけじゃ終わらない。
雨雲は、人間関係のメタファー。
近いものほど重く、湿った関係ほど息苦しい。
でも、その湿度がなければ、人は潤わない。
「人間関係にも、心にも、“適湿”というものがある」ってね。
遠くに見える入道雲は美しい。
でも近づけば、そこは嵐。
そしてその、嵐の向こうには「竜の巣」がある。
モテも、エロも、ZENも、結局はこの“距離と湿度”の扱い方なんやろね。
乾きすぎず、湿りすぎず。
近づきすぎず、離れすぎず。
それでも、時には「竜の巣」へ突っ込む勇気を持つこと。
雨雲の下にこそ、モテの青空がある。
さて?
え〜っと・・・、なんの話やったっけ?(笑)☆


コメント