今日は完全に自分語り(笑)。
まっつんスタイルは、どういうわけかUKロックにまったくハマらずに生きてきた。
「これ、なんでなんやろ?」って話。
ビートルズ
ストーンズ
レディオヘッド
オアシス
ブラー
コールドプレイ・・・
皆、偉大なのは分かる。
評価が高いことも知ってる。
でも、いくら聴いても、「このバンド好き!」には、どういうわけかならない。
嫌いって意味じゃなくて、ただ刺さらない。
これって、単なる好みの問題なんやろか?
いや、たぶん違う。
これはきっと、“感性の向きの問題”。
☆違和感の正体を探す
乱暴に言うと、まっつんスタイルがUKロックに感じてしまうのは、こんな空気感。
・曇り空
・皮肉
・倦怠
・内省
・階級感
・孤独
・自己破壊的ロマン・・・
なんというか、まっつんスタイルが“UKっぽく感じる”音楽って、“状態”を描く方向に見えるんよね。
美しいけど、湿度がある。
なんとなく、“出口が見えにくい”ように感じる。
そんな感じ。
じゃあまっつんスタイルは、どんな音楽を聴いてるのかというと?
☆自分のプレイリストを眺めてみる
・AOR
・西海岸系
・ギターヒーロー
・パンク
・J-POP
まっつんスタイルのiTunesには、こんな感じの音楽が並んでる。
これ、バラバラに見えて、意外と共通点がある気もする。
・リズムが前に進む
・メロディがはっきりしてる
・感情が開かれていて、身体が動く
これって言い換えると、
“状態を味わう音楽”じゃなくて、“変化を起こす音楽”
そんな音楽を、まっつんスタイルは選んでるらしい。
ここで「もしかして」と気づく。
☆核心:「光のジャンル」じゃなかった
まっつんスタイルが好きなのは、単純に「明るい音楽」ってことじゃない。
光を探しにいく音楽
やったってこと。
・AOR → 夜の街の灯り(闇の中の光)
・ロックギター/パンク → 突破力・推進力
・J-POP → 日常の肯定
実はどれも、同じ方向を向いてる。
“光があるから”好きなんじゃない。
“光を探しにいく態度”が好きなんやな。
☆じゃあUKロックは?
まっつんスタイルが刺さりにくいタイプの音楽は、
世界を“観察する”方向へ向かう
みたい。
「世の中ってこうだよね」
「救われないよね」
「でも美しいよね」
これ、観察の芸術。
一方、まっつんスタイルが反応するのは、
世界を突破する音楽
「まだいける」
「もう一歩ある」
「その先に何かある」
これは、推進力の芸術。
刺さる刺さらないは、この差やったんちゃうかな。
☆でも違和感が残る・・・
ただ、ここで一つ、自分の中で矛盾が出る。
まっつんスタイルのこれまでの人生って、
・孤独
・虚無
・倦怠
・内省
・自己否定・・・
なんよね(苦笑)。
むしろUK的?
でもハマることなく、今日まできた。
さて、なぜだ?
☆「暗さ」の“使い方”が違った?
まっつんスタイルが刺さりにくい音楽は、暗さを風景にする。
でも、本質的なまっつんスタイルは、暗さを燃料にする。
そういうことなんかなと。
例えば、
・憐憫 → 笑い
・虚無 → 言語化
・孤独 → 思想化
・自虐 → 細分化
・退屈 → 問い
そう、ここまででやっと分かった気がする。
まっつんスタイルの暗さは、夜じゃなくて“夜明け前”やった
これ、似てるようで全然違うよね。
☆「音楽 = 人生の態度」?
まっつんスタイルがUKロックに感じるのは、
世界を理解し、観察する方向。
一方、自分自身が向かいたいのは、
世界と和解し、その中を進んでいく方向。
この違いなんかな。
理解だけで終わらず、前進
共感だけで終わらず、突破
だからどうしても、UKロックに身体が反応せんかった。
いかが?(笑)
☆選ぶ音楽は、生き方の態度そのもの
どうやらまっつんスタイルは、自分の生き方と同じ方向へ動く音楽に、強く惹かれるらしい。
音楽は、世界を説明するために聴くものじゃなくて、“世界の中でどう立つかを選ぶため”に聴くのかもしれん。
だから、まっつんスタイルがUKロックが遠く感じるのは、別におかしいことじゃなかったんやと思う。
まっつんスタイルは、明るい音楽が好きなんじゃない
暗くてもいい
ただ、どこかに“出口”が欲しいらしい
そういうこと。
音楽の話をしてたはずが、いつの間にか“生き方の話”になってた(笑)。
でも、この解釈にたどり着けて、今、めっちゃ気持ちいい。
そしていつか、UKロックにハマる日がくるかもしれないと思うと、それもまた楽しみ☆


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