☆「華がある」を言語化する
「あの人は“華”があるな〜」
っていう言葉。
役者とか歌手とかによく使うし、職場でも日常でもたまに使うことがある。
じゃあ、この
「“華がある”って、具体的にどういうことなんやろか?」
これ、今さっき、ふと浮かんだ問い(笑)。
存在感があるとかに近い?
発揮するパフォーマンスの質の高さは、たぶん前提?
単なる美男美女ってことでもなさそう?・・・
ここらへん、まっつんスタイル的に言語化したら、ちょっとおもろそうじゃない?(笑)
☆まず「目立つ ≠ “華がある”」
体格がいい、声がデカい、派手、美男美女、押しが強い・・・。
これらは、“目立つ”であって、必ずしも「華」じゃない。
むしろ「華がある人」って、
ステージに立った瞬間(そこに現れただけで)、“何もしてないのに”、場の空気を一変させる
「華がある」って、一般的にはそういうこと。
でもこれ、言葉にするのはやたらムズい(笑)。
☆「自然体」ってキーワードは、たぶん当たり
まっつんスタイルのイメージやと、「華のある人」って「自然体」なのよね。
ただし、“脱力”とか“受け身”とかって意味じゃない。
ここで出てきたのがこの仮説。
「エネルギーを発しようとする意思」は、「華」には必要かも?
これ、たぶんYES。
でも、
“力み”じゃない
アピールしてない
隠そうともしてない
この矛盾が同居してる感じが、なにやら「華」っぽい。
どうやろ?
☆「技術や実力」は“前提条件”だが?
芝居が下手、歌が致命的、仕事が雑・・・、
こうなると、たしかに「華」は成立しにくい。
だから、「技術や実力があるのは前提」ってのは、おそらく間違いない。
でも同時に、
「実力 = 華」じゃない
このあたりが、どうもややこしいところ・・・。
ここで、まっつんスタイル的例え。
スタジオミュージシャン(ライブサポートミュージシャン)
- 技術 : 圧倒的
- 正確さ : 完璧
- 安定感 : 抜群
でも「華がある」とは?・・・、なんか違う。
ストーンズのキース・リチャーズ
- 取り立ててテクニカルじゃない
- よくミスる
- 生活はボロボロ(笑)
でも、
ステージに立った瞬間、一瞬で空気を持っていく
この差(上下優劣じゃない)。
ここに、「華」の正体が隠れてる気がするけど、どやろ?
☆先入観(実績補正)もあるけど、それだけじゃない
このことも、一応考えてみた。
名前を知ってる、実績を知ってる、ストーリーを知ってる。
それが「華」を強く見せることはたしかにある。
でも、
- 無名でも「華」のある新人
- 実績あっても「華」が消えたベテラン
うん・・・、別に普通におる。
つまり、実績はブースターであって、「華」というエンジンそのものじゃない。
いや〜、これはなかなか難しい(笑)。
☆「“華”があるやつには敵わん・・・」って言い方が示してるもの
これもおもろいとこ。
「あいつには「華」がある。でも俺にはない。とても敵わん・・・」
こんな言い方をすることもあるやんね?
この場合の「華」も、絶対に能力だけの話じゃない。
もっとなんていうか、“生物的な話”っていう気がする。
そこで、次の仮説。
「華」とは結局、「生命力の強さ」みたいなことか?
雰囲気から滲み出る「細胞のタフさ」というか・・・
う〜む、抽象的・・・。
言語化ムズ!(笑)
でもこの「敵わん・・・」っていう感覚?
どうもこのあたりに本質がある気がしてきた。
☆ググったら出てきた「華」のキーワードだが・・・
一応、「華がある」をググれば、それらしい言葉が出てはくる。
華やか、艶、派手、存在感、オーラ
芸の美しさ、姿勢、意思、強さ、センス
振る舞い、素直、エネルギー、自然、落ち着き・・・
なるほど、たしかにその通り。
その通りなんやけど、まっつんスタイル的には・・・、なんか違う。
微妙にそうじゃない。
伝わるかな?この感じ(笑)
いわゆる“好印象の足し算”では、「華」は説明できない。
この「そういうことじゃない感」の正体を、もうちょい掘ってみる。
たぶんここ、めっちゃ大事なポイントのはず。
☆ようやく核心の一歩手前
そして、掘ってみたら出てきた、核心の一歩手前のやつ。
どうやら「華」は、
前向き人間の徳目じゃない
ググって出てきた言葉たちって、だいたい「いい人・いい印象の足し算」。
でも、まっつんスタイルが言いたい「華」は、それだけじゃ説明つかん。
例えば、さっきのググった言葉たちで、
キース・リチャーズの「華」は説明できん
エリック・クラプトンの「華」は説明できん
永ちゃんやYOSHIKIの「華」は説明できん(笑)
そう思わん?
皆、「いい人・いい印象」の徳目とは無縁(失礼)。
ほんなら、あとは何が足りん?
☆まっつんスタイル暫定定義
ここで、まっつんスタイル的・“暫定解”を立てる。
「華」 = 「生命エネルギーの漏れ方」?
「華」がある人って、「自分の内側のエネルギーが、自然に外へ漏れてる人」なんじゃなかろうか?
- 無理に表現してない
- アピールもしてない
- でも隠してもいない
結果として、
「どうしても気になる」
「目で追ってしまう」
「なんか敵わない気がする」
になる。
これ、「生きたい」っていう強い「意思」と「生命感」に近い気がする。
どうやろ?
・・・いや、これもまだ暫定解。
“最終解”まで、あともうちょい?
☆そして、ようやく決定打
ここまできて、どうやら「ドンズバ」を捻り出すに至る。
まっつんスタイルも腹落ちした。
ググった徳目は、すべて“結果”では正しい。
でも、まっつんが探してるのは、「華」の“発生源”。
その発生源は、ズバリこれ!
引き受けた人生の重さ
失敗、矛盾
弱さ、醜さ
逃げた過去、抗った過去・・・
こういう、傷つけ、傷つき、癒し、癒されてきた経験を、
処理せずに
消さずに
でも背負いすぎずに
生きてきた痕跡。
これがある人だけが持つのが、まっつんスタイルが言いたい「華」。
「華」とは、エネルギーの漏れ方だけじゃない
引き受けてきた「人生の密度」が、“圧”として漏れ出してしまっている状態
どや!?(笑)
☆まっつんスタイルの結論
つまり、「華がある」とは、世間が言う、「“華” = 明るい・前向き・美しい・清潔・ポジティブ」じゃない。
「“華” = 漏れ出した生命エネルギー」だけだと抽象的過ぎ。
だから、まっつんスタイルの感覚はこう。
「華」とは、 生き延びてきた生命体の“圧”
徳目は、その表面に自然に乗っかってくる副産物(ついで(笑))
「華のある人」は、自然体で、嘘をついてない人間。
存在そのものに高い整合性があり、情報量が目減りしない。
だから、キースは、破天荒でも「華」があり、クラプトンは、陰を抱えていても「華」がある。
永ちゃんは、ギラついてるのに「華」があるし、YOSHIKIは、壊れそうでも「華」がある。
全部に説明がつく。
人は美しさに惹かれるんじゃない
矛盾なく存在しているものに惹かれる
とても敵わん(笑)。
☆まっつんスタイル的・最終定義(ほぼ確)
というわけで、「“華”があるとは?」の、まっつんスタイル的・最終到達点。
「華」とは、
矛盾や傷を抱えたまま「生きてきた軌跡」と、
それでも立ち続けてきた「生物としての生命力」から放たれる、
抑えきれない存在の“圧”である(「美しさ」や「前向きさ」や「技術力の高さ」は、その“ついでに”立ち上がるもの)
これは演じられない。
テクニックだけでは無理。
学習しても無理。
だから、「とても敵わない・・・」というようなことが起こる。
きっと本物の「華」は、努力の成果じゃない
「引き受けた時間」と、「経験の密度」が生み出す副作用
☆おまけ:「華」と禅
最後に、蛇足と承知で、モテエロZEN的にも表現しとこう(笑)。
「華」は「獲得するもの」じゃない
「整った結果、立ち上がるもの」
体が整ってる
心が静か
自分に嘘が少ない
こういう状態で人前に立つと、勝手に“華があるっぽく”見える。
そして、一番皮肉なのは、
「華のある人」は、「華」があるかどうかを気にしない
「華」を気にしなくなった頃に、「華」は出る
「華」を気にしてるうちは、「華」は出ない
これ、完全に禅やね(笑)。
「あの人は華があるな〜」の「華」とは?
うん、おもしろかった(笑)。
とりあえず一旦ここまで。
もしかしたら、続編とか、テーマの派生もいけそう。
「華がある」の解像度、まだ上げられるかも☆


コメント