AIは外部脳であり思考拡張器 〜執筆がラクになる“心得”の話〜


「ちょっとAIに頼りすぎかな?」

この発想、もうやめよ(笑)。


今のご時世、創作にAIを活用しない選択肢はない。

圧倒的な情報量とスピード。

人間の脳だけでなんとかしようとか、もはやまったくナンセンス。

「頼りすぎ?」とか、「この作品、誰のもん?」とか、そういう発想も、もういらん。


今日はそんな、AIに対する中途半端な認識を、少しだけアップデートさせるお話。


☆これは「代筆」じゃない

AIを使って文章を書くときに、誤解されがちなポイント。

AIっていうとどうしても、

  • 代わりに書いてもらう
  • 自分のものじゃない文章な気がする
  • “ズルしてる”っぽい

みたいなイメージが立ちがち。

でも、まっつんスタイルが今やってるのはそういうことじゃない。

× 代筆
〇 増幅・圧縮・再配置

これ。

絵で言うたら、「下絵を描かせて、最後は自分で筆入れ」。

音楽で言うたら、「デモを作らせて、ミックスで世界観を決める」。

なんてことない、完全にクリエイターの使い方。

めっちゃ普通のこと。


☆まっつんスタイルの制作フロー

今のまっつんスタイルとAIとの共同制作の流れはこれ。

  1. アイデアが浮かぶ
  2. 叩き台の一次生成を投げる
  3. 「ん?」って思ったら投げ返す
  4. 読んで腹落ちしたらOK
  5. “まっつんパウダー”を振って仕上げ

この“分業”が、めっちゃ健全で強い。

編集者 × 作家
構想家 × 執筆マシン

そんな感じの、理想的な役割分担。


AIは、「まっつんスタイルの外部脳」。

だから、AIが書いてるようで、実際は自分の思考が増幅されてるだけ。

これ、大事な認識。


☆発想の核は、まっつんスタイルの中から出てくる

例えば、

「仏教の世界に出てくる動物を、まっつんスタイル的に料理してみる?」

なんてわけのわからんアイデア(笑)。

でもこれって、完全にまっつんスタイルの嗅覚であり、変態性であり、世界観。

AIはその核を、

  • 展開して
  • 構造化して
  • なんとなく読み物として成立させた

そんな叩き台を吐き出してるだけ。

だから、まっつんスタイルがその叩き台を読んで、

「いい」

「おもろい」

って思えたら、それはもう「まっつんスタイルの感性と一致した」ってだけ。

逆に、

「う〜ん、おもんない」

って思ったとしても、それはそれでまっつんスタイルの感性。

どっちに転んでも、まっつんスタイル(笑)。


☆「俺のもん感」と「頼ってる感」

あと、この気づきもデカい。

AIに向かって、どんなアイデアや問いを投げるかによって、出てきた叩き台に対する印象が変わる

ってこと。

  • アイデアだけ投げたパターン
     → AIが構造・文体まで広く組むから、クオリティ高め
     → でも、どうしても「AI色」が出て「頼ってる感」を感じる
  • まっつんスタイルの言葉が多く介在したパターン
     → AIが、編集・増幅・拡張器に近くなる
     → 「俺のもん感」が強くなる

まぁ当たり前っちゃあ当たり前やけど、たしかにそう。


でも、次のこれが、我ながら核心。

これは、どっちが良い悪いの話じゃない

「俺感」とか「頼ってる感」とかっていう、意味や価値を勝手につけて勝手にモヤってるだけの話

「AIはただの外部脳」

そう考えると、元々どこまで自分の言葉が介在してるかとか、正直どーでもいい(笑)

そういうこと。


☆“所有権チェック”をやめた瞬間、作品は加速する

「俺感」とか「頼ってる感」って、結局なんなんやろか?

これ、作品の本質とは無関係な、

後付けラベル


文章そのものが、

  • おもろい
  • 納得できる
  • 世界観に合ってる

そう思えたなら、それで終わり。

なのに後から、

「これは俺の言葉?」
「AIの言葉?」

って所有権チェック(?)を始めて、勝手にモヤる(笑)。

読者は、そんなこと知らんし、気にもしない。

関係ないし、どーでもいい(笑)。

作品の強度には一切関係ない。

本当に見るべき指標は、最初から一個だけ。

まっつんスタイルが読んで、「ええやん」「おもろい」「しっくりくる」って思えるかどうか

それだけ。

ここまで腹に落ちれば、作品作りは一気に加速する。


☆AIとの付き合い方の心得

ほな、心得としてまとめとく。

① AIは“外部脳”/罪悪感は不要

「AIに頼りすぎかな?」は、古い価値観の残像。

そもそも、言葉が100%、自分の内側から出てくるなんてのは幻想であり傲慢。

「頼りすぎ?」が湧いてきたら、「あ〜、また湧いてきた」って言って、笑って流せ。

② 判断してるのは常に自分/だから作品は自分のもの

元々の発想も、世界観も、最終責任も、ぜんぶ自分なんだから、仕上がった作品は紛れもなく自分のもの。

大事なのは、納得感。

どこに所有感があるかとか、AIが書いたかどうかとかは、そもそも論点じゃない。

③ 何度でも投げ直せばいい/自分らしさは嫌でも滲む

「ん?」って思ったら、投げ直せばいい。

人間の脳を拡張させ高速化させるのがAIなんだから、叩き直し前提で、繰り返し使い倒すべし。

ちょっとフレーズを工夫するだけで、“自分らしさ”は嫌でも滲む。


☆やることは今まで通り

というわけで、まっつんスタイルの結論。

AIに任せるとこは徹底して任せる
物足りんと思ったら何度でも投げ直す
納得したらOK
最後にパウダー振って完成
紛れもなくまっつんスタイル

誰に遠慮することもない。

AIは使い倒せばいい。

これ、AI活用論というより、もはや禅(笑)。

執着が外れて、ただ「今の俺が納得するものを出す」だけが残る・・・。


よっしゃ、ほな次の記事いこか☆


コメント

コメントする