「好きなことは仕事にしないほうがいい」は本当か? 〜“好き”には種類がある〜


☆大人になると一度は聞く言葉?

「好きなことは仕事にしないほうがいい」

大人社会にいると、なんらかの形で一度は耳にするこの言葉。

聞いたことある?

言われた瞬間、なんかモヤっとした?

「夢を見るな」

「現実を見ろ」

「どうせ無理」

「甘くない」

「意外とそんなもん」

なんかそんなニュアンスを感じて、思わず反発したくなる気がしたかもしれん。

で、こないだ思ったのよね。

この言葉って、実はけっこう多層構造なんちゃうかなって。


これからまっつんスタイルが、そこそこ乱暴にまとめていく(笑)。

けどこの言葉には、複数のいろんな意味が混ざってると思うのよね。

で、一番大事なのは、

“好き”の種類と、「仕事にしたい理由と環境」が噛み合ってるかどうか

おそらくここやろね。


☆善意による警告

まず一番多いのが、「善意の警告パターン」かな。

わりとよくある、大人の経験則からくるやつ。

「いいことばっかじゃないぞ」っていうあれね。

仕事になった瞬間、どうしても入り込んでくるものって、やっぱある。

・納期

・責任

・相手都合

・クレーム

・修正

・評価・・・

つまり、“好き”より先に「やらねば」が来ちゃうってことかな。

これ、地味に重い。

しかも厄介なのは、“好きなことほど完成度を求めてしまう”ってこと。

例えば、ものを書く仕事なら、

「もっと早く、丁寧に書けたはず」

「こんな表現しか出てこんようじゃ、まだまだ浅い」

「自分なら、もう一段上の言い方できたやろ」

こういう、“未達・未完”の連続が起こりうる。

しかもこれ、外からの評価じゃなくて、自分の内側から来るから、なかなかしんどい。

「好き」と、「仕事」と、「苦しい」は、わりとワンセットって話。

だから、「好きなことは仕事にしない方がいい」は、夢を潰すためじゃなくて、

「覚悟ある?」っていう最終確認

そういう意味で言われることが多いんやと思うね。


☆「“好き”は、もっと自由なものじゃないの?」という確認

さらに、“好き”を仕事にすると失われるものがある。

それが「自由」。

・やりたい時にやる

・やりたくない時はやらない

・寄り道する・迷う・脱線する・・・

でもこれが仕事になるとどうなるか?

・止まれない

・迷っても進まないとダメ

・納得してなくても、いずれ締め切りがくる・・・

この“自由の消失感”が、思った以上に精神に来る。

「思てたんと違う・・・」ってやつ(笑)。

これで「好きが壊れる」可能性って大いにあるよね。

「好きなことは仕事にしない方がいい」は、

「もっと自由な方が良くね?」っていう確認

でもあるみたい。


☆「趣味くらいにとどめたら?」という選択肢の提示

だからこそ、次にこれがくる。

「趣味として守ったら?」っていうパターン。

これはかなり優しいやつやね。

世の中には、「好き = 精神の回復装置」って人が一定数おる。

じゃあそれを仕事にするとどうなる?

・義務化する

・数字がつきまとう

・結果責任が発生する

そうすると、“癒し要素”が消える・・・。

だからこれは、

「“好きの避難所”っていう選択肢は残しとけば?」という、人生防衛的アドバイス

でもあるのかな。

人間って、“戦う場所”だけしかないと壊れちゃうからね

だからこそ、「戻れる場所が必要じゃね?」っていう、そんなような意味。

「戻って来られる場所」を“残しておく”って感じかな。


☆「大人の冷静さ」という示唆

さらに現実的なのが、「市場あるん?」ってパターン。

これは、独立起業の時に言われやすいやつやね。

・世間の需要が小さい

・だから、仕事としては成立しにくい

・たとえ好きでも、単価がつかない可能性がある

これまさしく「大人の事情」(笑)。

警告というか、心配に近いかもね?

世の中、好きじゃなくても職能になることっていくらでもある。

これ、残酷に見えるけど、本質はこう。

「“好き”を否定してるんじゃなくて、戦い方を考えたら?」

ってそういう話。

例えば、

・副業から小さく始める

・市場に合わせて表現方法を変える

・好きの中から価値になる部分を取り出す

つまり、ここでいう「好きなことは仕事にしない方がいい」は?

「まずは冷静に、現実を見極めることも大事やぞ」という、やさしいサジェスト

「好き」を守るためには、正しい戦略が必要なこともある、というね。


☆“好き”の種類

じゃあ、そもそも論。

「好き」ってなんやろ?(笑)

実はこれ、いくつか種類があると思うのよね。

以下は、まっつんスタイル的な勝手な分類。

・消費の好き(観る・触れる)

・研究の好き(調べる・整理する)

・鍛錬の好き(繰り返す・上達する)

・表現の好き(出す・作る・伝える)

で、少なくとも、そのまま仕事に変換しやすいのは、後ろの三つな気がする。

で、仕事になりやすいのは、だいたい後ろの三つかなと。

ここがズレたり、組み合わせをミスると、「たとえ好きでも、ただしんどいだけ」なんてことに・・・。


☆まっつんスタイルの“好き”と仕事

さて、ここは、少しだけ個人的な話をしてみる。

まっつんスタイルの“好き”と仕事。

まっつんスタイルは、

「問いを立てるのが好き」

「思考や感情を言語化するのが好き」

「言葉の表現で遊ぶのが好き」

まぁ他にもあるけど(笑)、これまさにこのブログのこと。

納得いくまで仕上げるのは苦しい。

仕事として評価されないのは辛い。

そんなのは前提。

「でも、好きやからやりたい」

そんなタイプかなと。

この“好き”は、逃げても一生ついてくる感じがするのよね。

だから、外でどう評価されるかはともかく、腹を括って続けられてる。

仕事になれば、どうしたって評価の対象になる。

評価されない怖さも、そりゃある。

でもまっつんスタイルがそれ以上に怖いのは、思い通りの表現が出てこないこと。

失望、落胆、自己否定・・・。

これが、かなり生々しい恐怖。

でも、ここが“好き”の不思議なとこ。

好きなら、「納得いかんけど満足」っていう、この一見矛盾した状態で走ることができるのよね。

完璧じゃないけど、とりあえず「これが今の実力」って思える。

評価はされてないけど、自分なりには納得してる。

実際、今まで書いた記事は、ほとんどこれ。

「完璧じゃないけど、でも何度も書いてきた今の自分で、ここまでは出せた」

これで前に進める。

我ながら、“好き”と仕事のバランスをうまく取れてると思ってる(笑)。


☆もう一回“好き”と仕事の話に戻る

じゃあ結局、「好きなことは仕事にしないほうがいい」を、どう考えたらええか?

まっつんスタイルの答えはシンプルで、“好き”には三種類あるって考える。

・守る好き(趣味)

・戦う好き(仕事)

・そして稀にある、“生きるための好き”

好きは、燃料にも刃にもなる。

時には、“祈り”になることもある。

だからこそ最後は、自分の美意識に従って選ぶ。

守ってもいいし、戦ってもいい

「生きるため」という選択もあり

どれも正解で、どれも尊い

ただ、自分でも“何”として扱ってるのか分からんままだと、ちょっとしんどいときもある(笑)

そんな感じ。

これが、「好きなことは仕事にしないほうがいい」に対する、まっつんスタイル的“回答”。

如何?


☆結論はフラットで柔軟

最後に改めて、

「好きなことは仕事にしないほうがいい」

これは、

「真理」でも「呪い」でもなくて、ただの「問い」って考えてみる

「覚悟ある?」

「どこまで背負う?」

「その“好き”はどんな好き?」

そんな確認の問い。

最後は自らの判断で選択すればいい。

素直に、フラットに、柔軟に。

・・・なんともつまらない結論?(笑)


“好き”ってたぶん、「幸福の保証」ってわけじゃない。

でも、

「意味の保証」にはなる

かなって。

しんどくても、結果が出なくても、評価されなくても、「なんでやってるん?」には答えられる。

ここを腹に落とせたら、たぶんめっちゃ強い。

「好きなことは仕事にしないほうがいい」 って言葉も、華麗にスルーできる(笑)。


“好き”は、人生をラクにするとは限らない。

でも、

人生を、誰のものでもない、自分のものにしてくれる

これは、かなり確かなことのような気がする☆


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