V系の歌詞は、“詩”であって“説明”じゃない 〜分からない言葉が気持ちいい 〜


☆ヴィジュアル系の歌詞が抽象的なのは、構造であり必然

なんかX JAPANの『SCARS』が無性に聴きたくなってね。

ずっと流してたんやけど、そん時にふと思ったのよ。

「いわゆるヴィジュアル系バンドの歌の歌詞って、なんでこんなに抽象的な表現が多いんやろ?」

って。

正直、「意味不明」なことがほとんど(笑)。

でも、聴いてて気持ちいい。

これ、なんか理由があるはず。


例えばこれ、『SCARS』の一節(ちなみに『SCARS』は、HIDEの作品)。

『流し込め今セルロイドの夢を 塞がる傷跡に4文字のタトゥー』

『色のない華にまみれて踊れ 横たわる詩にキスを与えよう』

セルロイド夢?、4文字のタトゥー?、横たわる詩?

うん・・・、これ、どういう意味かを追い出したら止まらん。

でも、不思議なことに、意味を追おうとした瞬間、この曲の“気持ちよさ”は逃げる。

ここに、ヴィジュアル系ロックの核心がある気がするんやけど、どやろ?

能力云々の問題じゃなく、きっと構造の問題で、おそらくは必然。

これ、掘ったら絶対おもろいネタ。


というわけで今日は、V系ロックの世界について、まっつんスタイルの屁理屈に付き合ってくれ(笑)。


☆V系は「物語」じゃなく「儀式」

例えばMr.Children、例えば竹内まりやの描く詞世界は、

具体的感情
人との関係性
ありふれた日常

こういう「物語」が主役。

でもV系はそうじゃないよね。

V系の歌詞は、

叫びや祈り
イメージや感覚
あるいは、呪文や召喚文

なんというか、“原始の詩”に近い。

もしくは、“儀式的なニュアンス”が強い、とでも言おうか?

説明とか描写じゃない。

理解させようとも納得させようともしてない。

むしろ逆。

理解に寄せた瞬間、世界観が壊れる可能性があるから。


「意味不明なのに気持ちいい」っていうV系ロックが刺さる人(刺さる状態の人)ってたぶん、

言語化できない感情を抱えてる人

怒り
不安
孤独
虚無
生と死・・・

これらは“感じるもの”で、説明するもんじゃない。

“言葉になる前の感情”。

こういう感情って、具体的な言葉よりも、あいまいな抽象言語の方がリアルなことがあるんよね。

意味が分からないからこそ、どんな感情でも“流し込める”。


まっつんスタイル的・V系ロックの歌詞が抽象的な理由。

ここまでどうやろ?


☆なぜ抽象じゃないと成立しないのか

まっつんスタイル世代なら、X JAPAN、LUNA SEA、L’Arc〜en〜Ciel・・・。

「どれも好きやったなぁ」って言いながら、今でも聴く(笑)。

で、彼らの歌の歌詞を並べてみると、共通点はだいたいこんな感じ。

主語が溶けてる
時間軸が飛んでる
感情というより感覚
日常生活が出てこない
生と死が同時に存在する

扱ってるのは、



運命
永遠
破壊
再生・・・

これ、なんとなくイメージつくやんね?

ここに、

「LINEに既読がついた」
「コンビニの灯りが滲んでた」

とか入れたら?

まぁ確実に白ける。

というか引く(笑)。

これは優劣じゃなくて、たぶん“スケール”の問題。


ここ、もう一歩だけ踏み込むと、抽象は、“逃げ”じゃなくて「余白」として機能するってことかな。

「抽象表現」って、手抜きとか、ごまかしとかって思われがちやけど、逆やと思う。

抽象って、

解釈を縛らない
意味を固定しない
感情の逃げ場を残す

つまり、“受け手を信じてる表現”でもあると思うのよ。


だからV系ロックって、「分かれ!」じゃなくて、「感じろ!」でもない。

正くは、たぶんこれ。

「好きに使え!」

これが、抽象表現でしかV系の世界が成立しない理由。

どう?、おもしろくない?(笑)


☆GLAYが「中間」に感じる理由

「じゃあGLAYは?」って思ったよね?

思ったってことにしてくれ。

まっつんスタイルも思ったから(笑)。


GLAYは、世界観はまさにヴィジュアル系で、情動の動きもデカい。

でも、歌詞は割と、




記憶
日常

そんな世界と交差する。

『やわらかな風が吹くこの場所で 今二人 ゆっくりと歩き出す』
『あなたに会えたこと 幸せの後先 その一つひとつに 心震えて』

つまりGLAYは、「様式美 × 人間ドラマ」のハイブリッドって感じ。

だから、V系文脈でも聴けるし、J-POP文脈でも刺さる。

ここ、GLAYのおもしろい立ち位置やと思う。


☆V系は「“様式”という安心装置」

閑話休題。

V系って、

世界観過剰
感情は極端
表現は大仰

ごめんけど、ちょっと“厨二”っぽいやん?(笑)

やのに、なぜか安心できる感覚ない?

で、理由はこれ。

様式」がガチガチに決まってるから

ここは、かなり核心やと思う。


「様式」があると、人って安心するのよね。

「様式美=感情の“安全装置”」。

決まった化粧
決まった世界観
決まったモチーフ







永遠・・・

この“約束された世界”に入ると、「あぁ、ここはV系の世界やぁ・・・」ってなる。

「ここでなら崩れていい」って無意識に思える。

V系の世界って、感情の暴走を許してくれるけど、暴走しきらないラインも守ってくれてる。


あと「様式美」って文脈だと、V系は、現代の「能・歌舞伎」のポジションとも言えるかもしれんね。

能も歌舞伎も、日常は描かないもの。

様式
象徴
誇張

これで感情を扱う。

まさに、V系と同じ。

日常 → 描かない
感情 → 象徴化する

V系ロックバンドは、ある種、“現代の儀式芸能”。

こういう視点も、ちょっとおもしろいかも。


人間って、「予測できる世界」や「ルールがある世界」に入ると安心する生き物。

V系の世界って実は、安全に感情を暴走させられる、めちゃくちゃ高度な“文化的居場所”でもあるのよね。


☆V系が持つ“危うさ”

それと、別の方向に、もう一歩踏み込む。

V系の世界って、



永遠
破壊
孤独・・・

このあたりを、めちゃくちゃ美しく描くやん?

で、これが正直、ちょっと危うい・・・。


でもさ、人間って、闇を完全に排除すると、逆に闇に飲まれる。

だから、

「安全な場所で、美しさの象徴として闇を扱う文化」が、むちゃくちゃ重要なんよね。

V系は、その役割も担ってると思う。


この理屈、HIDEという存在の影響力からもわかるよね。


☆V系は「意味」より先に「状態」を作る

ここまで、まっつんスタイルの屁理屈。

でもまだ言いたいことがある(笑)。

というわけで、V系の抽象世界について、もう少しだけ、踏み込んでみる。


ここは、“表現技法”の話じゃなくて、“現代の心のライフハック”としてのV系ロックって話。


人間って、

意味
正解
理由

を求め続けると、だんだんしんどくなってくるよね。

現代って特にそうやん?

全部説明される
全部意味を問われる
全部正しさを求められる

仕事でも
人間関係でも
SNSでも・・・

終わらない「比較」と「競争」。

ひたすら続く「意味」と「正解」と「評価」の世界・・・。

そこにV系音楽が入ると、どうなるかっていうと?

一瞬、意味が壊れる。

すると、「考えなくていい場所」が生まれる。

ここで、意味から解放された“状態”なれる。

実はこれって、めちゃくちゃ大きい存在価値やと思わへん?


☆まっつんスタイル的・V系の体感

ここは、完全に個人的な体感の話。


V系音楽って、たぶん「元気な時」に聴く音楽ちゃうよね。

どっちかっていうと、

ちょっと疲れてる時
ふと自分を解体したくなった時
なんとなく世界と距離を置きたくなった時・・・

そういう時に、スッと入ってくる。

もっと言うと、そういう時に勢いをつけてくれる。

意味が分からん言葉に包まれてるうちに、ちょっとだけ呼吸が深くなる。

少しだけ活力が戻る。


そう、現代って、時に「酔える音楽」が必要なんよね。

大人になるほど、

理解する
整理する
意味づけする・・・

こんなんばっかになる。

でも人間って、

意味を手放す時間
自我を緩める時間

こういうのが絶対に必要。

で、V系の抽象世界は、そういう体感をくれる。


☆「酔えるV系」と「浸る日常系」

ここで、めちゃわかりやすい対比。

「V系」=酔う

意味を手放す
自我を一時停止
様式に入る安心感

→ 無心・トランス寄り

「日常系」=浸る

共感に癒される
感情を整理できる
自分の経験と重ねる

→ 内省・観照寄り

どっちも泣ける。

けど、泣き方が違う。


音楽は「心の使い分け装置」。

疲れてる夜・爆発したい夜 → V系
心を整理したい夜 ・静かに泣きたい夜 → ミスチルや竹内まりや(笑)

これは、上下とか優劣の話じゃない。

その日の心の状態で変わるって話。

まっつんスタイルは、V系も、ミスチルも、まりや様も、全部好き。

全部聴き分ける(笑)。


☆まっつんスタイル的・モテ(魅力)との絡みも

分からない言葉に酔える人って、たぶん、

世界を全部理解しようとしてない人
正しさで世界を殴ろうとしてない人

そういう人。

だから、V系好き同士は惹かれ合う(笑)。

共感するというか、“共鳴し合う”って感じ?

人は意外と、完全に理解できるものより、少しだけ分からないものに惹かれたりするから。


まっつんスタイル的・モテエロに無理なく接続するなら、ここは自然につながりそう。

V系的魅力ある人っていうのは、

あいまいさを許容できる
正しさより感性を大事にする
誰にも侵されない型(様式)を持ってる

これつまり、“余裕・余白がある”ってこと。

余裕・余白がある人は、安心できる。

安心できる人は?

まぁだいたいモテる(笑)。


☆ちょっとだけZEN的な解釈も

分からない言葉に身を委ねた瞬間、人は、

評価欲求
意味づけ
正解探し

から降りられる。

正確には、“気づけば降りてる”。

その瞬間、少しだけラクになる。

このあたり、禅(ZEN)と地続きかもしれんね。


禅(ZEN)って、

意味を追うな
正解を探すな

って言うやん?

V系は別に禅(ZEN)じゃない。

けど、意味を壊すことで、思考の暴走を一時的に止めることができる。

ここは、ちょっとだけ似てるようにも思う。


☆まっつんスタイル的・着地

さてさて、それじゃあ最後の着地。


ヴィジュアル系バンドの歌の歌詞は、抽象的で意味不明。

でもそれは必然。

ヴィジュアル系ロックは、意味を伝える音楽でも、理解される音楽でもない。

感じて、体験される音楽

意味に疲れた人の心を、少しだけ自由にする音楽


分からない言葉が気持ちいいとき、人は少しだけ、自我から自由になってる。

理解しなくていい
説明しなくていい
評価しなくていい

「ただ、感じるだけでいい」ってね。


今日は、意味を考えずに、そのまま酔ってみる。

X JAPANの『SCARS』を、もう一回流しながら☆


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