☆正しい。正しいんやけど・・・(笑)
誰かに何かを相談する。
例えば、
「転職しようと思ってるんやけど、どう思う?」
すると、
「そんなん、やってみなくちゃわからない」
なんて返ってくる場面、日常でよくある。
これ、フィクションの世界でもよく見る(笑)。
で、思う。
「いや・・・、まぁそらそうやねんけど・・・(笑)」
未来のことなんやから、最終的にはやってみなくちゃわからない。
転職して幸せになるか。
独立してうまくいくか。
まだ誰も試してないプロジェクト。
一見、無謀に見える挑戦。
未来を100%正確に予測することなんてできない。
だから、
「やってみなくちゃわからない」
ってフレーズが出る。
この言葉自体は、別に間違ってないと思う。
むしろ正論。
なのに・・・。
なんでこの言葉って、
大抵あんまり説得力がないんやろ?(笑)
ちょっと考えてみた。
☆
☆未来予知を頼んでるんじゃない(笑)
そもそも何かを相談するとき、
「未来を100%当ててくれ」
「俺の全部を肯定してくれ」
って頼んでいるわけじゃないんよね。
知りたいのは、
自分の性格や能力に合ってるか。
どんなメリットがあるか。
どんなデメリットがあるか。
どれくらいリスクがあるか。
似たようなことをした人はどうやったか。
何に注意すればいいのか。
そういう、
「判断するための材料」
が欲しいのよね。
そこへ、
「そんなの、やってみなくちゃわからない!」
って返ってくる。
これは例えるなら、
「明日の天気どう?」
と聞いたら、
「明日になればわかる!」
と返されたようなもの?
・・・まぁ、正しい。
正しいけど、役に立たん(笑)。
つまり、
「やってみなくちゃわからない」
っていう言葉って、使い方によっては、
答えというより、
回答放棄
になってまうんちゃうかな?
だから、いまいち説得力がないのかもしれん。
☆
☆「やってみる」は無料じゃない
さらに、
「だからやってみたらええやん」
っていう言葉には、もう一つ抜け落ちやすいものがある気がする。
それは、
やってみるには、コストがかかる(笑)。
例えば、
スタバで、
「この新メニュー、大丈夫?」
とかって迷ってる(笑)。
「そんなん、食べてみなわからん」
これは分かる。
せいぜい数百円。
口に合わんかったとしても、
「これはないわ(笑)」
で終わる。
でも、
「会社辞めて独立しようと思うんだけど」
に対して、
「そんなの、やってみなくちゃわからない」
って言われたら?
いや、そうなんやけど、
お前、失敗したら俺の家賃払ってくれるん?(笑)
転職。
独立。
移住。
大きな買い物。
結婚。
新規事業。
こういうものには、
お金。
時間。
労力。
人間関係。
失敗したときのさまざまな損失。
場合によっては、簡単には元に戻れないリスクもある。
つまり、
「やってみなくちゃわからない」の説得力は、「やってみる」のコストが大きくなるほど弱くなる。
まぁこれ、当たり前といえば当たり前なんやけど、あえて言葉にしてみる。
すると、意外とここが抜け落ちていたりすることに気づく。
☆
☆でも「無理に決まってる」も大概である(笑)
じゃあ慎重であればいいのか?
ここで反対側から、もう一人登場する(笑)。
「そんなん無理に決まってるやん」
こっちは一見、
現実的。
冷静。
慎重。
そんな感じがする。
でも、
「なんで無理なん?」
って聞いてみると・・・、なんか意外と怪しかったりする。
「それはまぁ、ゴニョゴニョ・・・」(笑)。
本当に成功確率0%なのか?
何が障害なのか?
その障害は取り除けないのか?
似たことを成功させた人はいないのか?
もっと小さく試すことはできないのか?
そういうことを検討する前に、
「無理!」
で終了。
これもある意味、
思考停止なんよね。
リスクを必要以上に見積もりすぎてるんかもしれん。
現状を変えるのが怖いだけ。
失敗したくないだけ、とかね。
あるいは単純に、
そこまで考えるのが面倒くさいだけなんかな(笑)。
「無理に決まってる」
そう言っとけば、
それ以上考えなくて済む。
挑戦もしなくて済む。
失敗もしなくて済む。
あとから、
「だから言ったじゃん」
って言える(笑)。
うむ、なかなか便利な言葉(笑)。
☆
☆じゃあ「やってみなくちゃわからない」は勇敢なのか?
となると、
「無理に決まってる」が悲観的な思考停止なら、
「やってみなくちゃわからない!」
は、その反対。
勇敢で前向きな言葉なんか?
挑戦。
行動。
勇気。
ポジティブ。
なんかそんな匂いがする。
なるほど、いい感じ。
でも、ちょっと待て(笑)。
必要なお金はいくら?
成功するために何が必要?
失敗したらどうなる?
撤退は可能?
もっと小さく始められない?
経験者はなんて言ってる?
他の選択肢はない?
そういう検討を全部すっ飛ばして、
「やってみなきゃわからん!」
と言っているだけなら、
それは勇敢というより、
前向きな顔をした横着なんじゃねーの?(笑)
考えるのが面倒くさいから、
とりあえずGO。
これもまた、
思考停止と言えなくもない?
☆
☆悲観的思考停止 VS 楽観的思考停止
こうして並べてみると、なんかおもしろい。
「そんなの無理に決まってる」
と、
「そんなのやってみなくちゃわからない!」
一見すると、
正反対の考え方に見える。
慎重派と行動派。
悲観主義と楽観主義。
臆病者と勇者(笑)。
でも、
よく見ると構造は似ている。
「無理に決まってる」は、
考える前にNOを出す。
「やってみなくちゃわからない」は、
考える前にGOを出す。
前者は、
根拠なき悲観。
後者は、
根拠なき楽観。
前者はリスクを過剰に見る。
後者はリスクを過小に見る。
方向は真逆なのに、
どちらも「考える」という面倒くさい工程をショートカットしてるように見える。
そう考えると、
両者って案外、
似た者同士なんかもしれんね(笑)。
☆
☆「・・・いや、ちょっと調べようや(笑)」
じゃあ、どうする?
Aさん。
「そんなの無理に決まってる!」
Bさん。
「やってみなくちゃわからない!」
そこへCさんがやってくる。
「・・・いやいや、ちょっと調べようや(笑)」
たぶん、これが一番まとも(笑)。
必要なお金は?
必要な能力は?
似た事例は?
成功した人は何をした?
失敗した人はどこでつまずいた?
最悪の場合、何を失う?
撤退できる?
もっと小さく試せる?
そうやって調べていけば、
最初は、
「やってみなくちゃ何もわからない」
と思っていたものでも、
やる前に分かることって、実は意外とたくさんあるよね。
未来そのものは見えない。
でも、
未来を考えるための材料は集められる。
この発想、めっちゃ大事なんやと思う。
☆
☆それでも最後には「わからない」が残る
ただし。
ここからがややこしい(笑)。
どれだけ調べても、
どれだけ考えても、
どれだけ経験者に話を聞いても、
最後には必ず、
「わからない」
が残る。
そりゃそう。
転職先の人間関係。
実際に働いたときの自分の気持ち。
始めてみた仕事が思いのほか楽しいかもしれない。
逆に、想像以上につまらないかもしれない。
思いがけない人と出会うかもしれない。
予想外のトラブルが起きるかもしれない。
運。
偶然。
相性。
タイミング。
時代。
こういうものは、
どれだけ机の上で考えても分からないもの。
つまり、
考えることで減らせる「わからない」と、経験しなければ消せない「わからない」がある。
ここは一緒にしない方がいいんやろね。
☆
☆ここで初めて「やってみなくちゃわからない」
調べた。
考えた。
比較した。
リスクも見た。
失敗した場合も考えた。
小さく試せる方法も探した。
それでも、
最後の部分だけは分からない。
ここまで来て初めて、
「まあ、ここから先は、やってみな分からんわな〜」
となる。
不思議なもんで、
最初に言われたときには、
あんなに説得力がなかった言葉なのに。
ここまで来ると、
急に説得力が出てくる(笑)。
同じ言葉なのに。
ということは、
「やってみなくちゃわからない」
という言葉そのものが悪いわけじゃない。
出てくる“タイミングが悪かった”ってことなんかもしれんね。
☆
☆これは「入口」ではなく「出口」の言葉
ここまで考えて、
まっつんスタイルの中では結構しっくりきた。
「やってみなくちゃわからない」は、
思考を始めるときに使う言葉じゃない。
「考えても無駄!」
「とにかくやれ!」
っていう話でもない。
調べる。
考える。
比較する。
リスクを減らす。
できるなら小さく試す。
そこまでやって、
それでも残った「わからない」に対して、
思考から経験へ、
バトンを渡す。
そのときに使う言葉なんやと思う。
つまり、
「やってみなくちゃわからない」は、
説得の言葉というより、決断の言葉。
そう考えると?
なんか急に勇ましい言葉に見えてくる(笑)。
☆
☆最後は「やればわかるさ」
「そんなの無理に決まってる」
と、
やる前から未来を閉じてしまわない。
でも、
「やってみなくちゃわからない!」
と、
考えることまで放棄しない。
考えられるところまでは考える。
調べられるところまでは調べる。
リスクも見る。
逃げ道も考える。
その上で、
どうしても分からないものが残ったら。
もうそこから先は、
経験に答えを取りに行くしかない。
アントニオ猪木風に言うなら、
「行けばわかるさ」
「やればわかるさ」
どうやら最後は、ここに行き着く。
だからこそ、
行く前には、Googleくらいは見てみよう(笑)☆


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