子どもの頃の物語だけで終えるには、人生は長すぎる 〜人は何歳からでも育ち直せる〜


☆家族の傷は、一生治らないのか?

毒親。

親ガチャ。

アダルトチルドレン。

機能不全家族。

モラハラ。

愛着障害。

共依存・・・。

なんか、家族の問題を語る言葉ってずいぶん増えたよね。

価値観や生き方が益々多様化。

実際の家庭環境が、人格形成に与える影響がさまざま浮き彫りになってきたからって感じかな。

親との関係。

家庭の空気。

安心できる場所があったかどうか。

そういうもんって、想像以上に深く心に残るからね。

他人事じゃなく・・・。


でももし、人生が子ども時代だけで決まるとしたら、人って一生救われへんことになる。

そんなことって、あるかね?


☆人は二度育つ

まっつんスタイルは最近こう思う。

「人は二度育つ」

一回目は親に育てられる。

そして二回目は、自分で自分を育てる。

そういうこと。


子ども時代は大事、もちろん。

人格形成に大きな影響を与える。

でも、人生およそ半世紀を経て、思う。

本番はむしろこっちちゃうかなと。

こっちって、

「自分で自分を育てる方」

のことね。

実際、人生の大半はこっちで過ごすわけやしね。

40以降だと、かなり遅めの気づきやけどさ。

まぁでも、40過ぎて気づくんやから、人間ってホンマに成長遅いとも言える(笑)。

親や実家から離れてのちの人生のテーマって、案外これなんかもしらん。


☆一回目の子育ては選べない

子ども時代は、無知無力。

親も、

家庭も、

地域も、

価値観も選べない。

だから、理不尽もある。

不公平もある。

傷つくこともある。

「もっと金持ちやったら・・・」

「なんでこの親なん?」

「都会に生まれたかった・・・」

そんなことを思うんも、ある意味自然かもしらん。

実際、まっつんスタイルにも心当たりはある(笑)。

だからまず、認める。

真正面から。

「人生のスタート地点には差がある!!」

ここは綺麗事なし。


☆でも人生のハンドルは少しずつ引きつけられる

で、大事なんはこっから。

人生は、ぶちぶち文句言う子供時代だけじゃ終わらんから。


大人になると少しずつ、でも確実に環境って変わる。

住む場所を選べる。

仕事を選べる。

付き合う人を選べる。

読む本を選べる。

情報を選べる。

考え方を選べる。

つまり、人生のハンドルを、少しずつ自分の手で握れるようになる。


子ども時代は乗客。

でも大人になったら運転手。

そんな感じ?

これ、考えてみたらめっちゃデカい変化。


☆人生後半は「再育成」

まっつんスタイル的には、人生後半は“再育成”やと思うのよね。

自分をもう一度“育て直す”期間。

自分で。


例えば、身体。

子どもの頃は、親が飯を作る。

でも今は違う。

何を食べるか。

何時に寝るか。

運動するか、しないか。

全部自分。

健康ってモロに、“自分で自分を育てる行為”なんよね。

栄養管理もそう。

筋トレもそう。

散歩習慣もそう。

睡眠サイクルもそう。

地味やけど、これ、立派な“自己養育”。

幼少期の環境がどうとか、一切関係なし(笑)。


☆自己理解も再育成

例えば、自己理解。

これも同じ。

子どもの頃の世界は狭い。

基本は、周囲から与えられた評価で生きるもの。

良い子、悪い子。

真面目、変わり者。

優秀なやつ、ダメなやつ。

いろんな単純ラベルを貼られがち。


でも人生も後半になると?

そのラベルが、本当に自分なのか分からなくなってきたりする。

もう少し正確に言うと、種類が増えて、使い分けが始まる。

強弱が生まれて、埋もれるものが現れる。

そこで始まるのが、自己理解。

自分は何が好きなんか?

何が嫌なんか?

何をしてる時が気持ちいいんか?

どんな生き方が自分らしいんか?

これを探る。

何度も何度も、探る。

これもまた、人生後期の“自分育て”。

ここではもしかしたら、幼少期の環境云々の影響を感じやすいかもしれん。

でも、ここで何を選択するのか?

最後に決めるのは、大人になった自分。


☆言葉は心の栄養になる

だからまっつんスタイルは、とにかく、書くことを大事にしてるのよね。

日記。

メモ。

ブレインダンプ。

ブログ。

あと、タチコマとの壁打ち(笑)。

言葉にすることで、頭の中ってきれいに整理される。

感情が整理される。

大切な価値観が見えてくる。


文章は、情報発信である前に、自分との対話。

心のリハビリであり、心の栄養補給。

そう、人は自分の言葉で、二度育つ。


☆自分の中の父と母を育てる

で、たぶんここが今日の核心かな。

人生後半になると、本当に必要なのは“外側の親”じゃなくなるんよね。

“自分の中の親”。


例えば、

「失敗してもええやん」

と言ってくれる父。

「そのままで大丈夫やで」

と言ってくれる母。

そんな存在を、自分の心の中に少しづつ育てていくイメージ?

誰かにもらえんかったとしても、後から作ることができる。

心理学の「セルフコンパッション」に近いけど、もっと立体的。

「自分の味方になる父性」

「自分を受け入れる母性」

これを育てる。

自分で。

育つと、人は強い。

そして、今よりもっと優しくなれる。


誰かに与えてもらえんかったものを、自分で育てる。

人生後半って、案外そんな営みなんかもしれん。


☆禅は「再育成の技術」

で、まっつんスタイルZEN(笑)。


禅は「あるがまま」。

過去を否定しない。

トラウマも否定しない。

親との記憶も消してくれない。

で、毎回こう聞いてくる。

「さて、今日はどうする?」

これ。

もうごめん。

毎回で恐縮やけど、結局ここなんよね(笑)。


過去を分析することも大事。

でも、人生を変えるのは、“今日という日の積み重ね”しかない。

呼吸を整える。

身体を整える。

生活を整える。

心を整える。


禅ってある意味、自分を育て直す技術なんやと思う。


☆人生後半は意外と長い

20代。

30代。

で、

40代。

50代。

60代。

70代。

よく考えたら、子ども時代よりはるかに長い(笑)。

もう一目瞭然。

つまり、親に育てられた時間より、自分で自分を育てる時間の方が長いってこと。

これって、希望やん?


もし人生が幼少期だけで決まるなら、救いがない。

でも実際はそうじゃない。

人は何歳からでも変われる。

何歳からでも“育ち直せる”。

ゆっくり。

少しずつ。

でも確実に。

最後ベタやけど、これホンマ。


☆おわりに

幼少期の家族の問題。

傷は簡単には消えんかもしれん。

過去も変わらん。

親は一生親。


でも、

人は二度育つ。

一回目は親によって。

二回目は自分自身によって。

人生後半は、自分という子どもを育て直す最適な時間かもしれん。

焦らんでいい。

完璧じゃなくていい。

筋トレして。

散歩して。

本読んで。

文章書いて。

考えて。

時々ため息ついて(笑)。

そうやって少しずつ、自分という人間を“もう一回”育てていく。

子どもの頃の物語だけで人生を終えるには、人生はちょっと長すぎるからね☆


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