愛は所有ではなくパートナーシップかもしれない 〜恋愛の悩みは距離感の悩み〜


恋愛の悩みって、突き詰めると「距離感」の悩みなんちゃうかなとか思うよね。

もっと会いたい。

もっと分かってほしい。

もっと一緒にいたい。

そう思う一方で、近づきすぎると息苦しくなる。

干渉されると嫌になる。

ひとりの時間も欲しくなる。

人間って、ホンマにめんどくさい生き物(笑)。


「え?なんの話?」

今日はそんな話。


☆愛は近いほど良いわけじゃない

「ビビッと」きてからしばらくは、

好きだから毎日会いたい、

何でも共有したい、

全部知りたい、

全部分かってほしい・・・。

まぁそれが恋愛の初期症状(笑)。

若い頃は特にこの感じが強いかも。

週末は“会うもん”っていう空気。

最近ならLINEの既読の有無(笑)。

なんでも自分の思い通りにしたい。

まぁまぁみんな勝手なもんでね。

でも齢を重ねると、どうもそう単純でもない路線を辿ろうとし始める(笑)。

近すぎると壊れやすい関係もある。

優しさのつもりが重荷になることもある。

心配のつもりが束縛になることもある。

そういうことがわかってくるから。

まぁもうこれ、恋愛だけじゃないよね。

親子もそう。

夫婦もそう。

友人もそう。

人間関係って、距離が近ければ近いほど良くなるゲームじゃないらしい。

それがわかっててできないのが、若さの特権。

「なるほど、そういうことね」と、バランスさせようとするのは年の功(笑)。


☆自由だけでは、人は少し寂しい

じゃあ逆に、「自由こそ正義」かって言うと、それも違う。

あ〜めんどくさ(笑)。


世間でよく言われるやつ。

「依存するな!」

「自立しろ!」

「自分の人生を生きろ!」

なるほどその通り。

まっつんスタイルも、基本的には賛成。

でも、自由だけを追い求めると、今度は孤独が待ってたりする。

誰にも期待しない。

誰にも頼らない。

誰にも干渉しない、させない。

そうやって生きていくことって、確かにできる。

ラクでもある。

でも、それだけだと、味気ない。

さみしい(笑)。

人間って結局、うっすらとでも、誰かとの繋がりがないとやっぱ無理みたいやから。

もうどうしようもなく、そういう生き物なんやろね。

で、これ、まさにまっつんスタイル(笑)。


☆中道という考え方

こういう話をすると、結局いつも同じところに着地する。

「中道」(笑)。

いや、これもうしゃーないのよ。

まっつんスタイルにとっては、あまりにも自明の、人生観の核。

世界の本質を一言で説明した思想哲学やと思うから。


そう、「中道」。

仏教の世界でよく出てくる言葉。

極端に走らない。

白か黒かで決めない。

右か左かで争わない。

依存でもない。

孤立でもない。

近すぎない。

遠すぎない。

そんな感じ。

ポジショニングに自由がある

正解は常に、100点と0点の間のどこかにある。

こういう“態度”のこと。


で、たぶん、恋愛も同じなんやと思うわけよね。

しかもこれ、個人と個人の関係性の話やから。

「全部分かってほしい」

でもなく、

「誰とも関わらない」

でもない。

その間。

このなんとも曖昧で、なんとも説明しづらいポイント。

でも実際、いちばん居心地がいいのって、そのポイントだったりする。


☆同心梅という言葉

昔の言葉に、

「同心梅(どうしんばい)」

っていう表現がある。

まっつんスタイル、この言葉が妙に好き(笑)。

さっき言った、「居心地のいい関係」の一例。

細かい出典や定義はさておき、なんとなくこういうイメージ。

人生の方向が近い。

価値観も似てる。

でも、お互いを支配しない。

無理に一体化しようとしない。

離れていても大丈夫。

近くにいても疲れない。

そんな関係。


世間で言う、「友達以上恋人未満」とは別物。

まったく別物(笑)。

ちょっと際どいけど、

ただの友人とは、明らかに違う。

恋人かもしれんし、そうじゃないかもしれん。

夫婦かもしれんし、そうじゃないかもしれん。

ただ、呼吸が合う。

その人の幸せを、自然に願うことができる。

その感覚だけは確かにある。

でも、どうにも説明のつかん関係。

世間で通用するような名前は、ない。

あえてぼかして書いたけど、たぶん世間が許容できる価値観ですらない(笑)。

人生のどこかで、一度でもそういう相手に出会えた人は、幸運やと思うよね。

まっつんスタイルが考える、居心地のいい、成熟した大人の関係。

「同心梅」。

たぶん、『まっつんスタイル』頻出の言葉なんで。

よろしく(笑)。


☆本当に欲しいのは理解ではなく安心かもしれない

理解してほしい。

わかってほしい。

認めてほしい。

このへんって要するに、その先にある安心が欲しいってことなんやろね。


例えば、心地いいのは、静かに話を聞いてくれる相手。

助言や理解より、笑みや相槌。

「そっか」の一言。

こういう共感のサイン。

全部を説明しなくてもいい。

無理に合わせなくてもいい。

あるいは沈黙であっても大丈夫。

安心して、そのままの自分でいられる。

そんな関係。


たぶん人間って、完全な理解者より、“安心して存在させてくれる相手”を求めてるもの。

ちょうどいい距離感も、言い換えると「安心できる関係性」。

そうそう、女子目線だと、「女の子扱いしてくれる」っていうのも、安心要素だったりするらしい(笑)。

なるほど、確かにそんな気もする。


☆エロと禅は意外と近い

じゃあちょっとだけ、まっつんスタイル。

若い頃の色恋や性愛って、どっちかと言うと「興奮」が主役やと思う。

ドキドキ。

ムラムラ。

キュンキュン。

刺激と情熱。

ノリと勢い。

どれも素敵。

まぁ若いとかあんま関係ないかもしれんけど(笑)。


でも年齢を重ねると、少しずつ“割合(比重?)”が変わってくる気もする。

「会わない時間」が、関係を育てることもあるってわかってくる。

だから、

信頼。

安心。

余白。

余裕。

沈黙。

呼吸。

落ち着き。

そんなものに、妙に色気を感じるようになるんよね。


で、これ、不思議やけど、禅が大切にするものと似てたりする。

焦らない。

奪わない。

急がない。

押し付けない。

ただ共にいる。

そういう静かな親密さ。

派手さはない。

でも、濃く、深い。

「上質なお茶」みたいな愛?(笑)

そんな関係性、やっぱまっつんスタイルはグッとくる。

好き(笑)。


☆愛は所有ではなくパートナーシップかもしれん

結局のところ、人は人を所有できんからね。

恋人も。

夫婦も。

子供も。

友人も。

みんな自分とは別の人生を生きてるわけで。


「俺についてこい」もいい。

「ずっと一緒にいて」も、たまにはいい(笑)。

でも意外と、

「君のとなりを歩くよ」

くらいがちょうどよかったりする。

書きながら、ちょっと顔が赤い(笑)。


困ったときは助ける。

嬉しいときは一緒に喜ぶ。

ぶっちゃけ、離れる時期があってもいい。

で、また交わることもある。

そんな、ホンマの意味の「パートナー」って言葉が、意外としっくりくる関係。

大人の愛。

なんかいい(笑)☆


☆おわりに

理想の愛を一言で表現するとしたら?

「一緒にいて呼吸がラクになる人」

かな。

恋人でもいい。

夫婦でもいい。

友達でもいい。

名前は何でもいい。

大事なのは、愛情と自由が同時に存在できること。

近すぎると苦しい。

遠すぎると寂しい。

だから人って、そのちょうど真ん中を探し続ける。

「居心地のいい愛」って、その距離感のことかもしれんから☆


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