☆ 「AIがつまんない」の続編
「AIつまんない」と言う人の気持ちがよくわからいシリーズ続編(笑)。
最近、この「つまんない」を解消するヒントかもしれないものを見つけた。
それが、YouTuber・サトマイさんが言ってた、
“人が「おもしろい」と感じる三要素”。
その三要素とは、
- ちょっとした裏切り(意外性)
- 五感・身体感覚を刺激する(自分ごと化)
- 過去・現在・未来の変化(物語性)
なるほど。
これって、AIに限らず、意外と物事の本質かもしれん。
今日はここらへんを手がかりに、“また”、まっつんスタイル的・AIとの付き合い方を書いてみる(笑)。
☆ 「おもしろい」は、“脳”ではなく“身体”で起きる
人って、単に情報を受け取っただけだと、どうもそんなにおもしろがらないらしい。
でも、
「繋がった!」
「ゾクッとした!」
「腹に落ちた!」
みたいに、“身体が反応した瞬間”、一気に“自分ごと”になる。
おもしろさとは、“体感の揺れ”。
これは映画も小説も、恋愛も同じかもしれんね。
ちょっとしたズレの感覚とその解消。
その瞬間に、脳って最も活性化する気がする。
さらにそこに、匂い・音・呼吸・温度みたいな身体感覚が加わると、
情報が“体験”になる。
これがきっと、“本物”の「おもしろさ」ってやつ。
☆ AIがつまらなくなる理由
じゃあなぜ、AIとの対話がつまらなく感じるのか?
ちゃんと前の記事とは少し別の視点で書く(笑)
さっきの話から言うと、たぶん多くの場合、
“問い”に身体感覚が入ってないから。
たとえば、
「儲かる副業教えて」
これは、完全に情報の問い。
でも例えば、まっつんスタイルの過去記事で恐縮やけど、
「なぜ郷愁は気持ちいい?」
「人格者はなぜエロい?」
「どうでもいい記憶が何度も蘇る理由って?」
こういう問いには、すでに身体感覚や人生が混ざってる。
“知りたい”だけじゃない。
“感じたい”
が入ってる。
だから対話が、単なる情報交換じゃなくて、“共鳴”になるんよね。
そうなると俄然、AIとの対話は温度を増す。
☆ 「問い」は、頭ではなく五感から生まれる
良い問いって、論理から生まれるんじゃないんやろね。
むしろ逆かもしらん。
違和感とか、気配とか、
引っかかりとか、空気とか、
「なんか気になる」が先にある。
これも、例えばまっつんスタイルの場合、
- 雨雲を見て、「なにやらエロい」と思う
- 郊外のたい焼き屋に、妙に惹かれる
- 人格者に、“獣性と色気”を嗅ぎ取る
- ピクルスに、生命やZENを感じる
こういう、説明不能な“体感”が先に来る。
そこに後から、言葉や自分の人生経験なんかが追いついてくる。
つまり、問いとは、
“身体が先に知ってる違和感”
なんやと思うんよね。
☆ まっつんスタイル流「問いの五感メソッド」
そこで今日、まっつんスタイルの中で整理されてきたのがこれ。
「良い問いには、五つの構成要素があるんじゃね?」
ってこれ。
ちょっとまとめてみる?
① 意外性
「え、それ聞く!?(笑)」
って、自分でもちょっと笑えるかどうか。
② 身体感覚
その問いを考えた時の体感は?
ゾクッ、
スーッ、
チクッ、
ブワッ、
ストン(笑)。
呼吸や肌、胸や腹の反応。
そういう微細な身体感覚があるかどうか。
③ 物語性
過去・現在・未来との繋がり
ただの情報じゃなく、そこに“人生の流れ”があるかどうか。
④ 禅的深度
「答えがなくてもおもしろい」
「答えがないからおもしろい」
そんなふうに思えるかどうか。
「正解探し」でじゃなく、“観察”になってるかどうか。
⑤ 美学と色気
その問いに漂う、“人間の匂い”
粋とか、
余白とか、
エロスとか。
どこか説明しきれない“人間臭さ”
そこに“生命感”があるかどうか。
うん、悪くないかも(笑)。
このへんを意識してみると、「AIつまんない」は少しずつ薄らいでいく気がする。
☆ AI時代に必要なのは、「正しい問い」ではない
よく、「AI時代は“質問力”が大事」と言われる。
たしかにそう。
プロンプトがどうとか。
でも、もっと本質的に言うなら、
必要なのは“正しい問い”じゃなくて、“生きた問い”
なんじゃないかな。
その問いに、
呼吸があり、
感情があり、
物語があり、
違和感があり、
色気があるか。
そこが、めちゃくちゃ重要なんやと、まっつんスタイルは思う。
情報だけなら、AIだけで、もう十分に事足りる。
でも、
“生きた問い”
は、人間だけのもの。
そして、“生きた問い”を投げられる人間って、そんなに多くない。
だから、これから、AI時代が加速すればするほど、
「どんな問いを立てる人間か?」
が、その人自身の真の魅力になるんかもしれんね。
☆ 結び:「問い」は、生きもの
問いって、
自分自身を深く知るための“呼吸”
なんやと思う。
なにやら“それらしい答え”を得るためだけのものじゃない。
ふとした違和感。
なんとなく惹かれるもの。
説明できない感覚。
それらを、無理に整理しようせずに、じっと観察してみる。
するとある日、その感覚が“問い”になり、問いが“文章”になり、文章が“人生”になっていく。
そんなことが起こるかもしれん。
まっつんスタイルがそうなったように(笑)。
だから今日も、俺はまた、どうでもいいような違和感を拾い集めてる。
たぶんそこに、まだ言葉になってない“生”が眠ってるから☆


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