☆なぜか、どこかで思ってしまう・・・
ちょっと変な話。
人生で、しんどい時期が長く続くやん?
不運、不遇が日常。
何をやっても裏目に出る、空回りする。
とにかくうまくいかない、いいことがない・・・。
そういう期間が続くと、ふと頭に浮かぶ感覚がある。
「まぁでも・・・、この先には、何かいいことがあるやろ?」
宝くじが当たるとか、運命的な出会いがあるとか、そんな話じゃない。
もっとなんていうか、曖昧で、もっと静かな“予感めいたもの”?
いや、「期待」かな?
「このまま終わるわけがない」
「どっかで帳尻が合うはず」
「物語的に、ここからやろ?」
そんな感覚。
そうとでも思わんと、やってられへん時がある(笑)。
たぶんけっこうな人が、身に覚えあるんなちゃうかな?
で、この感覚、ネットビジネスとか独立起業を目指すコミュニティーとか。
そういうところで、同じ匂いを感じることが多かったのよね。
なぜかそこには、
「自分は普通の人より苦労してきた」
って思ってる人が、自然と集まってきてるように見える。
いや、別に上から目線で皮肉を言おうってんじゃない。
俺自身がそうやったわけで(笑)。
これって、めちゃくちゃ興味深い現象やと思うのよね。
☆人は「苦しみ = 伏線」だと思いたがる?
たぶんやけど、人間の脳って、苦しみをそのまま受け止めるのが苦手なんよね。
だから、物語に変換する。
これって、漫画でも映画でも、宗教でも神話でも、構造は同じように見える。
→ 試練がある
→ 乗り越える
→ で、報われる
この型が、あまりにも基本形(笑)。
だから、俺らは無意識に、
苦しみは“前フリ”
って思うようにできてる。
これ、心理学でいう「公平世界仮説」に、ちょっと近いんかもしれん。
人はどこかで、
「世界は、最終的にはそれなりに帳尻が合うはず」
みたいに思いたがる。
苦労したなら、どこかで報われる。
理不尽があったなら、いつかその意味が“回収される”。
そうとでも思わんと、やってらんない(笑)。
整ってくれんと困るから、整うと信じる。
「じゃないと納得いかん!」っていう心の叫び(笑)。
これは希望っていうより、「精神の防御機構」かもしらん。
☆でも現実は・・・
でも悲しいかな、現実は冷たい。
現実は必ずしも、「型にハマった物語」じゃない。
努力しても報われない人なんて山ほどいる。
苦労が成功に繋がるとは限らない。
不幸が不幸のまま終わることも普通にある・・・。
人生に「保険的システム」ってないからね。
世界は、帳尻を合わせる義務なんて持っていないわけで。
そう、長く苦しんだからって、ボーナスステージが来るとは限らない。
これが現実。
実際、周りを見るとそうよね?
で、これだけ聞くと絶望っぽいけど、そうじゃない。
大事なのはここから。
☆それでも「何かある」と感じる理由
じゃあなぜ人は、あの“予感”を持つのか?
「この先、きっと何かあるはず!」
それは、未来の出来事を予知してるんじゃない。
世界のバランスを取ろうとする「期待」とも、どうやら少し違う。
たぶん、
“未来に何かが起きる”っていう予感の中には、“自分自身が変わっていく”感覚も混じってる
そういうことなんかもしれん。
まっつんスタイルは、そんなふうにも思う。
これは、外界の変化じゃなくて、内側の変化。
ここが一発逆転の核心。
☆一発逆転の正体
これは、あくまでまっつんスタイルの解釈。
長くしんどい時期を通った人の中には、あとからこんな変化が起きることがあるんちゃうかな。
・人と比べることが少し減る
・小さな快を拾いやすくなる
・人の痛みに想像が及ぶようになる
・失敗しても、「まぁ、こんなこともある」って思える
・物事を見る角度が増える
これは、苦しめば自動的にこうなるって話じゃない。
苦しみは、人を優しくすることもあれば、逆に硬くすることもあるから。
でも、あとから振り返ったとき、
「あの時期を通ったことで、世界の見え方が変わったな」
って思うこともある。
要するに、
世界が優しくなったんじゃなくて、世界を見る自分の目が少し変わった
ってこと。
これを人は、ときどき、
「人生が好転した」
って感じるんちゃうかな。
これは、まっつんスタイルの実感でもあり体感でもある。
☆だから“逆転”に感じる
外的逆転:
・地位
・収入
・名声
内的逆転:
・苦しさの減少
・安心感の増加
・解釈の自由さ
実は、多くの人が本当に欲しがってるのって、後者やったりすると思うのよね。
ここに到達したとき、人はこう言う。
「あの経験があったから、今の俺がある」(笑)
ここ、おもしろいところ。
一発逆転的な“未来のご褒美”が来たわけじゃない。
“過去の意味が変わっただけ”っていうことやね。
出来事は変わらなくても、その意味は書き換えられるらしい。
苦しみが最初から、“未来の成功につながる伏線”として置かれてたわけじゃない。
あとから振り返って、
「あぁ、あの経験があったから、今こう考えるようになったんやな」
って、自分で線を引く。
たぶん、人生の“伏線回収”って、そういうことなんやと思う。
伏線だったから意味があるんじゃなくて、あとから、自分で伏線にする。
☆苦しみは、報われないけど無駄でもない
で、重要なこと。
苦しみが、そのまま報酬に変わるわけじゃない
でも、あとから理解に変わることはある
そして、その理解が、少しだけ安心に変わることもある
だから、
「苦しみ → 成功」
じゃなくて、
「苦しみ → 解釈 → 安定」
って、このルート。
で、まっつんスタイルが思う。
苦しい時期を長く通った人の中には、あとから“このルート”を辿る人もいるんちゃうかなってこと。
無駄に見える時間にも、後から意味を与えることはできる。
☆奇跡は起きないが・・・
正直、まっつんスタイルもずっと思ってた。
「これだけ苦しんだんやから、この先には何かあるやろ・・・」
って(笑)。
なにやら“奇跡らしきもの”を、心のどこかで期待してた。
で、どうやら半分当たりで、半分外れやった感じ。
劇的な何かが来るんじゃない
起きるとしたら、“ただ静かに、世界の見え方が変わる”ということ
一発逆転を期待しても、それが必ず起きるわけじゃない。
でも、人生がずっとハズレのままかっていうとそうでもない。
なんとも地味で、当たり前の話。
でも、たぶん現実ってこんなもんなんやと思う(笑)。
過剰に一発逆転を期待するより、毎日の心の変化に目を向けて、解釈を更新する方が早い。
苦しみは、未来の報酬になるとは限らん
でも、過去への理解が、現在の安定に変わることはある
このことを知ったとき、少しだけ肩の力が抜ける。
たぶんそれが、「報われた」の正体やと、まっつんスタイルは思う☆


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