☆同じ“揉む”なのに、なぜ世界が違うのか?
今日は、前からうっすら思ってた疑問。
「整体」と「手揉み屋さん」って何が違うの?
これを掘ってみる。
マッサージっていっても、街を歩けば、似たような看板が並んでるやん?
- 整体
- カイロ
- ボディケア
- もみほぐし
- リラクゼーション
価格も、やることもだいたい同じ。
横になって、押されて、伸ばされて、ちょっと軽くなる。
なのに人は言う。
「あそこは効いた」
「あそこはいまいち」
「あそこは、ただ気持ちいいだけ・・・」
う〜ん・・・、同じ“揉む”なのに、なんで体験が別物になるん?(笑)
☆違いはズバリ“目的”
じゃあまっつんスタイル的な結論から。
「整体院」と「手揉み屋さん」の違いは、“目的の差”
ここに尽きるかなと。
つまり、治す場所か、ほどける場所かの違い。
みんな単に“コリ”を取りに行ってるんじゃないんよね。
整体院は「原因」を触る。
手揉み屋は「結果」を触る。
- 整体院:問題解決型 → 身体の構造を扱う(骨格・関節・運動連鎖)
- 手揉み:状態緩和型(体験型) → 筋肉の緊張を扱う(血流・感覚・リラックス)
だから、「気持ちよさ ≠ 改善」みたいなことも普通に起こる。
同じマッサージでも、
違う階層のものを受け取りに行ってる
わけやね。
身体に触れるサービスは、どれも同じように見えて、実はそれぞれまったく別の役割を持ってる。
自身の経験や体感的にもそんな感じやと思うけど、どう?
☆資格と法律の違い(社会における位置付け)
とはいえ、資格と法律についてもにもきちんと触れとこう。
世の中には、「身体を扱っていい人」は決まってる。
整体院も手揉み屋も、基本は「医療行為」じゃない
その中身を、少し詳細に。
・医療行為に該当するのは
- 医師(整形外科など)
- 柔道整復師(接骨院・整骨院)
- 鍼灸師
- あん摩マッサージ指圧師
このラインは国家資格。
「健康保険」が使えるのもこのグループ。
ここは、完全に医療・治療の領域。
ケガ・炎症・損傷を扱う世界やね。
・整体院
- 国家資格:基本なし(※持ってる人もいるけど任意)
- 医療行為:しない(※してはいけない)
- 位置づけ:民間療法・身体調整
つまり、
「治療」じゃなくて「調整」
「骨を“治す”」とかは言えない。
姿勢・動き・バランスを“整える”っていう扱い。
「治療」じゃなくて「調整」と表現する所以。
・手揉み屋(リラクゼーション)
- 国家資格:なし
- 医療行為:しない
- 位置づけ:サービス業(リラク系)
法律的にはかなりシンプルな扱いで、
「肩こりを治す」 → アウト
「肩が軽く感じる」 → セーフ
だから、お店の看板も、「改善」じゃなくて「リフレッシュ」っていう表現になるわけ。
手揉み屋さんは、リラクゼーションを提供する、完全なサービス業。
おもしろいよね。
まとめると、
整体 = 身体の使い方を変えるサービス
手揉み = 感覚を変えるサービス
| 種類 | 目的 |
|---|---|
| 医療 | 治す |
| 整体 | 変える |
| 手揉み | 和らげる |
同じ身体に触れるサービスでも、扱ってる階層が違う、みたいなイメージやね。
☆「効いた」の正体(身体構造)
じゃあそもそも「コリ」って何なんやろ?
「筋肉が固まってる」っていうのは、半分正解で半分違う。
実際は、
・神経の興奮
・血流の偏り
・呼吸の浅さ
・姿勢のクセ
・脳の緊張状態
このへんが混ざった「状態の名前」なんよね。
「コリ」は、“物体”じゃなくて“状態”
で、整体は、重心・関節・動きの連動を変える。
手揉みは、神経の緊張を和らげ、安心感を与える。
少し言い換えると、
整体 = 原因の位置を変える
手揉み = 症状の音量を下げる
だから、両方ともちゃんと「効いた」って感じる。
でもその意味が違うっていうことやね。
☆逆効果になるってあるある?
整体や手揉み屋に行けば、必ず症状が緩和するかといえば、実際はそんなことない。
逆効果になる、もしくは症状が緩和しないってことは、普通に起こる。
そして、その理由も意外と明確。
・パターン1:炎症悪化
よくあるのが、長時間の強揉みにより、
→ 筋肉の損傷
→ 余計に固まる
「揉み返し」ってやつ。
筋肉は、コリっていうより“軽いケガ状態”のことが多いから、刺激が強すぎると悪化してしまう。
これはマジであるある。
・パターン2:原因放置
腰痛の原因 : 股関節の硬さ
肩こりの原因 : 呼吸の浅さ
もちろん、こんな単純じゃない。
原因は複合的。
だから、体を揉みほぐすだけだと、
→ その日はなんとなく軽い
→ 翌日元に戻る
→ だって根本原因が放置されてるから・・・
これが、逆効果になる、もしくは症状が緩和しない理由。
そして、通い続けることになるという構造へ・・・。
・パターン3:神経依存
マッサージ後は、一時的に副交感神経優位になる。
→ だるさ
→ なんとなく気持ちいい
→ また行きたくなる
リラックス自体は良いけど、解決とはまた別問題。
逆効果というか、目的のすり替わり。
大事な視点は、
効く・効かないじゃなくて、目的の取り違えてないか?
ってとこ。
原因を見てないのに、結果を期待するからズレる。
・整体をリラックス目的で使う
・リラクゼーションを治療として使う
このズレが「逆効果?」っていう不満を生むわけよね。
☆なぜ人は手揉み屋に通うのか?(心理と社会の視点)
さて、ここからちょっとおもろいとこ。
ぶっちゃけた話、手揉み屋に通う男子の目的に「下心的なもの」はゼロじゃない。
かといって、主目的でもない。
より正確に、真面目に言うなら、目的はエロというより、
社会的接触不足の補填
に近かったりする。
人間って本来、
家族
仲間
コミュニティ
の中で日常的に身体接触がある生き物なんよね。
手を握る
肩を叩く
背中をさする
こういう行為は、もともと生活の一部やったわけ。
でも現代は、そういうのが激減してしまった。
とくに大人の男子。
触れられない
褒められない
気にかけられない
愚痴や弱音を吐けない
感情表現の会話が少ない・・・
こんな状態が、意外とデフォルトやったりする。
すると何が起きるか?
安全な他者接触の欠乏
いわば「接触不足ストレス」。
そこで現れるのが「リラク店」っていうサービス。
あそこにある体験って、「赤の他人じゃない距離感で、色恋でも性的なにかでもなく、優しく丁寧に扱われる時間」。
つまり、
無条件で大切に扱われる体験
これ、母親と接してる感覚に近い。
だから、女性スタッフ希望や指名は起きるけど、多くの満足の正体は、
ドキドキじゃなくて「安心」
エロじゃなくて、「存在承認の疑似体験」
人はここで、コリより先に緊張を解いてる。
癒しの正体は、筋肉や神経のリラックスというより、「ここにいていい」という感覚やったりする。
・整体に行く人 → 不安を解消したい(未来) = 人生の修正
・手揉みに行く人 → 今をやり過ごしたい(現在) = 人生の休憩
☆文明としての役割
もう一歩踏み込んだ視点も。
昔の社会ってどうやったか?
家族がいた
共同体があった
人が人をケアしてた
でも現代は、それが分業化した。
身体のメンテナンス → 整体
安心のメンテナンス → 手揉み
つまりこれらのサービスって、贅沢とか無駄とか、そういうことでもない。
もしかしたら、
共同体の代替装置
なんかもしれん。
人はコリを取りに行ってるんじゃない
社会の中で失われた“人間的接触”を、静かに補給しに行ってるんやと思う
by まっつんスタイル
☆どっちが上とか下とかの話じゃない
これも念のため書いとく。
Q : 整体と手揉み屋、どっちがいい?
A : どっちもいい(使い分けるもの)
体は、
・構造の問題
・神経の疲労
の二層構造。
だから、上手いこと言うなら、
修理工場と温泉の違いみたいなもん
車検とお風呂を比べても意味がない
身体を変えたい → 整体
安心を受け取りたい → 手揉み
両方とも、人間には必要。
だから、たぶん本質はこう。
人はコリを取りに行ってるんじゃない
一時的にでも「人間に戻る時間」を買いに行ってる
これが、あの60分コースの正体なんやと、まっつんスタイルは思うね。
☆ZEN的まとめ
現代人は、壊れてから直すか、壊れながら癒すか、を行き来してる
整体 = 調律
手揉み = 鎮静
人は、治っても疲れるし、疲れても治らない。
だから、整体と手揉み屋の両方が街に存在してる。
うん、なんともZEN的☆


コメント