☆昔からある、意味不明な性癖?
まっつんスタイルには、昔からずっと一貫してる“癖“(?)がある。
これ、なんて説明したらいいのか・・・(笑)。
例えば、「三国志」が好き。
でも、ちゃんと読んだことない。
「ガンダム」が好き。
でも、アニメはほとんど観てない。
芥川や太宰が好き。
でも、代表作すら読んでない。
・・・謎やろ?(笑)
自分で「どゆこと?」ってなるやつ。
にもかかわらず、例えば「三国志」の「魏・呉・蜀」「蜀の五虎大将」「〇〇の戦い」。
ガンダムの「モビルスーツ」「組織や人物の相関」「科学的設定や考証」。
芥川・太宰の代表作である「羅生門」や「人間失格」。
こういう“断片”(の存在や集合?)や、その“象徴”となるようなものには、なぜかめちゃくちゃ惹かれる。
心地いい。
これ・・・、全然うまく説明できてる気がせんけど(苦笑)。
他にも、資料集を眺めるのが好きやったりする。
設定集、地図帳、年表、系譜図とかの、世界観が一枚に整理されているものも好き。
世界を構成する要素が集まったものを、ただ眺めてるだけで、妙に安心する。
ストーリーは、まぁもちろん好きやけど、別にそこまでじゃない。
どうでもいいとまでは言わんけど、深く突っ込んで知りたいとは、なぜか思わない・・・。
自分でもずっと不思議やった。
「俺はいったい、何を愛してるんや?」
「この奇妙さは、なにかの才能なんか?」
って。
「全体の構成・構造」とか、「世界観を象徴するもの」に惹かれるって、そういうことか?
じゃあこのことは、いったいなにを意味している?
☆世界観が“極まってるもの”に、異様に惹かれる
この“癖”の片鱗は、文化、モノ、建造物に対する時も、少し形を変えて顔を出す。
例えば、まっつんスタイルの部屋には、「太陽の塔」と「東京タワー」のフィギュアと、「ダルマ」が並んでる。
玄関には、ナイキの「エアフォースワン」と、アディダスの「スタンスミス」がある。
書棚には「ジブリ作品」と「ダウンタウン」DVD。
ベストセラーよりロングセラー、新刊よりも古典が並んでる。
さぁ、これはなんだ?(笑)
おそらく、共通点は一つ。
「もう“型”になってる(世界観が極まってる)もの」
流行を超えて、時代を超えて、何度も人々の目と社会の評価に晒されて、それでも残っているもの。
価値がブレない。
意味が揺るがない。
説明不要な「普遍性」と「存在感」がある。
こういうものに、まっつんスタイルは、なぜか惹かれ、強烈な安心感と軽い興奮すら覚える(笑)。
さっきの、「世界観の構成要素だけでも惹かれる性癖」の少し似てる。
・・・この異様さ、もはや“世界観フェチ”(笑)。
☆「作品」が好きなんじゃなく、「宇宙」が好きなのか?
ここで、ひとつの仮説に思い至る。
「俺が惹かれるのは、“物語の背後にある「宇宙」そのもの”ってこと?」
価値観
世界観
空気感
美意識
ルール
「この世界では、どういうものが大事にされているか?」
これらが、きっちりと一貫して存在している“確かさ”とでも言うべきもの。
そういうものが好き。
そういうものに惹かれる。
深く感じたい
そばに置いて安心したい
その宇宙の“重力”を味わうのが気持ちいい
そんなふうに思うから。
だからなんやろうけど、映画やアニメ、漫画のシリーズ物は、全部揃えたくなる。
『ランボー』とか『エイリアン』とか、『エヴァ』とか『ジョジョ』とか(笑)。
同じ作家や映画監督の作品を並べたくなる。
横山秀夫のサスペンス、伊藤計劃のサイエンスフィクション。
ヴィム・ヴェンダース監督作品、デビッド・フィンチャー監督作品。
そして、同じミュージシャンのアルバムは、どうしても揃えたくなる。
最近なら、フー・ファイターズとか、八神純子とか(笑)。
ある種の「収集癖」。
でこれ、おもしろいのが、全部観なくても、全部聴かなくてもいい。
「この世界は、こういう法則でできてる」
それを感じられれば満足できてしまう。
棚に並べて、そばに置いておくだけで、落ち着く。
なんの得もない、誰の役にも立たない。
でもやめられない。
コレクターやマニアのそれとは少し違う性癖。
これ、わかってくれる人、おる?(笑)
☆この性癖に、まっつんスタイル的に名前をつけてみる
この性癖に、ハッキリと名前をつけてしまおう。
俺のこの性癖は、
「普遍構造性愛」
や(笑)。
世界が、ちゃんとした“かたち”で存在していることに、安心とエロスを感じる性癖。
人によっては、恋愛の成就やビジネス的成功、社会的承認が、安心とエロスに当たるんやろう。
けど、まっつんスタイルの場合は、
「世界が壊れない構造であると実感すること」
これに一番ゾクゾクする。
「壊れない世界への恋」「信頼できる構造への愛」やな。
筋トレ、腸活、断食のルーティンを愛でるのも、おそらくこの世界線。
「三国志」「ガンダム」「古典文学」・・・。
中身を知っているかどうかは関係ない。
「全体を構成する世界観が、たしかに存在しているという感触」
そのことを感じられればそれでいい。
それが「普遍構造偏愛」。
うん、変態やな(笑)。
・・・ここまで、大丈夫?
ちゃんと伝わってる?
☆なんでそんな性癖が生まれたのか?
じゃあここでちょっとだけ、まっつんスタイルのこれまで歩みの話しをしてみる。
子どもの頃から、まっつんスタイルの世界は、割と不安定やってね。
貧乏、病気、事故などの理不尽。
受験も、就職も、恋愛も、ことごとく失敗。
家族は次々と病に倒れ、そして死んでいった。
喪失、後悔、コントロール不能な出来事の連続・・・。
「人生とは不安定なもの」
「世界は簡単に壊れるもの」
そんな感覚が、深く深い染みついていたのよね。
だからこそ、まっつんスタイルは無意識に、
壊れないもの
変わらないもの
何度も現実に耐えてきたもの
これらを、必死で探すようになったんやないやろか?
太陽の塔
禅(ZEN)
思想哲学
古典・ロングセラー
構造化された、確固たる世界観
これらは全部、
「世界を信頼していい」
「世界にはまだ、安心して立っていられる場所がある」
そう静かに語りかけてくれる存在やったんやと思う。
まっつんスタイルが持つ、この意味不明な性癖が生まれた背景。
そこには、幼年期・青年期の体験の影響が大きく関わってたんかもしれん。
☆禅(ZEN)と、問い(哲学)と、ブログに行き着いた理由
で、さらに思索を深めてみる。
すると、実はこのブログ「まっつんスタイル」の核も、「全部一本の線で繋がるんじゃね?」と気づく。
「禅(ZEN)」は、心がブレないための構造と体系
「問い(哲学)」は、世界の“安定構造”を、言語で探し理解するためのフレーム
「ブログ」は、バラバラな思考や体験を、“意味ある宇宙”に編集する営み
まっつんスタイルはずっと、
「この世界に、安心して住みたい」
そう思いたかっただけやったんかもしれん。
そのために、
世界の断片を集め、並べ、編集して、眺めて、安定した世界を築こうとしてきただけ。
実は、極めて高度な生存戦略。
このことに気づいたとき、感動で少しだけ涙が出た・・・。
我ながら、なんと切実で、なんと健気な衝動(笑)。
☆どんな“癖”にも、まだ見ぬ才能が隠れている
さて、意味不明の自分語りになったかもしらんけど、ここからが、この記事のメッセージ。
人から言われる「おかしな性癖」。
自分で思う「変な“癖”」。
これって、「意味ある?」「誰が得する?」「時間の無駄?」とか思ってしまいがち。
「でもそれ、誰の物差し?」
ホントは、そんなふうに考える必要、まったくない。
実際はこう。
その人が“なぜか惹かれるもの”には、その人の「魂の設計図」が隠れてる
好き
気持ちいい
夢中になる
なぜか集めてしまう
やめられない
それは、その人が「どんな世界なら安心して生きられるか?」を示す確かなナビゲーション。
間違いなく、その人のまだ見ぬ才能。
今回のまっつんスタイルの性癖で言うと、その才能はおそらく「編集者」や「思想家」のそれ。
自分で言うのもなんやけど(笑)。
だから、自分の「好き」や「夢中」を、“つまんない大人の事情”で、人生の隅に追いやるのは、あまりに軽率。
あまりにもったいない。
「なんか知らんけど好き」は、隠れた才能
☆人生の豊かさとは何か?
よく分からん自分の性癖を軽視しないこと。
それは、自分の人生を豊かに生きることにも直結すると思う。
これも間違いない。
人生の豊かさとは?
時代の流行に乗ること?
他人の成功をなぞること?
書店に並ぶ“正解っぽい人生”を選ぶこと?
そうじゃないやんね?
自分が、「どんな世界で深呼吸すると気持ちがいいのか?」を知ってること
自分の性癖を知り、丸ごと受け入れ、その感性に従って生きる。
それが、真の自己理解であり、それが、本物の豊かさやと、まっつんスタイルは思うね。
というわけで、まっつんスタイルはこれからも、壊れない世界のかたちを探し続ける。
「太陽の塔」と、禅(ZEN)と、ブログのあいだを、うろうろする(笑)。
「やめられない、とまらない♪」
そして気持ちがいい。
理由はそれだけ。
そんな性癖のお話☆


コメント