今回は、ホンマにどうでもええ話から始める(笑)。
「まっつんスタイル哲学は、「モテエロZEN」と「モテえろZEN」、どっちで表記すべきか?」
はいどうでもええ。
でも実際、一瞬だけ迷ったことがあってさ。
いや、くだらんよ。
くだらんけど、でもこれ、日本語表記がもたらす印象とか効果の話で、実は奥深かったりする。
まっつんスタイルが引っかかるのも、さもありなん。
で、ちょっと考えてみてわかったのよ。
やっぱり、ただの表記の好みの問題じゃない。
「思想の重心がどこにあるのか」っていう、割とガチの話。
ひらがなの「えろ」って、どんなイメージ?
ちょっと可愛いさ、チープさが滲む。
照れも入ったりして、カジュアルに振れすぎる・・・。
そんな気がせんかね?
ある意味、その露骨さが、ネタとして成立することがあるかもしれんし、ツッコミとしても使いやすいかもしれん。
でも、まっつんスタイルがやりたい「エロ」は、そういう方向じゃない。
キレがあって、思想・概念っぽくて、硬派な“定義感”が強い。
そんな意味の「エロ」。
笑いをとりたいわけでも、下ネタ的偽悪に寄せたいわけでもない。
「エロ」じゃなくて「えろ」にしてしまうと、まっつんスタイルが本来語りたかった“何か”が、一気に削がれてしまう。
そんな気がしたのよね。
意外と深いやろ?
じゃあ、まっつんスタイルの言う「エロ」って何やねん?、って話。
まっつんスタイルにおけるエロは、単なる性欲でも、スケベとかエッチとかいう猥雑さでもない。
「生命力や」
ちゃんと食べ、ちゃんと動き、ちゃんと寝てる。
筋肉が締まり、腸が整い、目が活きてる。
人間でも動物でも、共通して惹きつけられるやつやね。
躍動感があり、色気があり、存在感がある。
身体も、思考も、呼吸も、しっかり“生きてる”状態。
これが、まっつんスタイルの「エロ」。
で、ここからが、まっつんスタイル的・エロの“肝”であり“要”。
「エロは、生命力として立ち上がり、やがて“美”になる」
そう、エロいものは美しい。
例えば、引き算された肉体と精神、整って凛とした佇まい、自然で無理のない動き。
そういう人を見た時、素直に「美しい」って思うやろ?
考えてみたらこれ、自然界では当たり前やったりするけど。
健康的な動物は、無駄のない身体で、生き生きと活動する。
そこに下品さや低俗さ存在しない。
つまり、本来の「エロ」って、生命力であり、生命力があるものに人は美しさを感じるようにできてるってこと。
「エロ」を、単なる性欲レベルの話に落とすから、いやらしく、軽く、卑猥になるわけ。
まっつんスタイルが言いたい「エロ」は、その手前、もっと根源のところにある。
「エロ=生命力=美しい」
ここまで書くと、「ほな「モテ」は?」って話になりそう。
まっつんスタイル的・モテ。
じゃあこれも再確認しとく。
まっつんスタイルのモテは、異性ウケに限定してへん。
てまぁ、これはもう分かりやすいよな。
身体能力が高い、信頼に足る人柄、心身ともに健康。
コミュ力がある、話を聞きたくなる、一緒にいて心地いい。
こんなもん、どんな言い方もできるわね。
テクニックや演技も多少はあるけど(笑)、それはおまけ。
つまりモテとは、
「人間的魅力が自然にじみ出てる状態」
で、こっからがおもしろい。
さっきの「生命力としてエロ・美しさとしてのエロ」が宿ると、モテは目的じゃなくて、副産物になるってこと。
モテは、狙うと途端に不自然になる。
でも、美を磨いてる人間は、勝手に人を惹きつけるようになる。
そんなイメージ。
生命力があって、それが美として立ち上がってる存在は、どうしたって目に留まるやん?
「歩いてるだけでモテる」
そんな状態(笑)。
だからまっつんスタイル的には、モテは追いかけるものじゃない。
結果として、後からついてくるもんって、そう解釈する。
ちょっとおもしろくない?
じゃあついでに「ZEN」もいっとこ。
なんでモテエロにZENが必要なんか?
それは、
「美は、放っとくと腐るから」
まっつんスタイルはそう考える。
極端に美だけを追うとどうなるかっていうと、自己陶酔に陥る。
選民意識が生まれ、他人を見下し始める・・・。
つまり、自我の肥大化。
そんなことが起こるのよね、実際。
そこでZEN。
執着しない、比較しない、誇示しない、ただ、在る
ZENは、世界との付き合い方であり、心の姿勢。
感情は否定しないけど、感情に支配されもしない。
静かに腹が据わってる状態やね。
ZENがあるから、エロも美も、品性を保つことができるってわけ。
ここ、めちゃくちゃ大事なところ。
さてさて、図らずも、まっつんスタイル的・モテエロZENの真意を再確認してしまった(笑)。
でもおもしろかったやろ?
そして賢明な読者諸氏なら気づいてくれたはず。
ここまでの話だからこそ、「えろ」じゃなく「エロ」のカタカナ表記であるべきってこと。
「モテえろZEN」では、やはり“何か”が足りない。
薄っぺらく、どうしても下世話になってしまうってこと。
ネタとしてはありやけど、やっぱ思想として弱くなるのは如何ともし難いよね。
まっつんスタイルがやりたいのは、一発ウケする造語作りじゃなくて、「一生付き合える概念の創出」やからね。
ほな最後、まっつんスタイル的・最終定義。
エロとは、生命力であり、美である
モテは、その副産物
そしてZENとは、それらに執着しない在り方
どう?、キレイじゃない?
この三つは、まっつんスタイル的には、どうしたって切り離せない。
そして、「えろ」じゃなくて「エロ」。
だから、「モテエロZEN」。
誤解されるかもしれんし、ええかっこすんなとか思われるかもしれん。
まぁ別にええけどね。
何を言われようと、これがまっつんスタイルの“格”であり、尖った“角(かく)”であり、“核”やから(笑)。
時には、軽薄で淫靡な方向に、ネタとして振ることがあるかも・・・。
それでも、根本思想は変えない、変らない。
それが、まっつんスタイルの美意識。
「モテエロZEN」は、人生を攻略するためのテクニックというより、生き方の姿勢やな。
生命力を整え、美として立たせ、それに執着せず、静かに生きる。
その結果として、魅力を放ち、人が惹かれるなら、それはもう、おまけ。
まっつんスタイルはこのスタンスでいく。
「モテえろZEN」じゃなくて、「モテ“エロ”ZEN」☆


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