突然やけど、ブログって、パターンが二つある気がしたのよね。
自己表現が、いつしかビジネスに育つパターンと、最初っからビジネスをしようとしてブログをやるパターン。
どやろ?
もちろん、絶対の法則なんて言うつもりはないけど、一つの傾向として。
で、前者に力点があると割と続きやすい。
後者に力点を置くと、ゴリッゴリのビジネスマインドの持ち主じゃないとしんどい。
一般人の副業としては、なかなか厳しそうってイメージ・・・。
この感覚、当たらずとも遠からずじゃないかね?
☆① 自己表現 → 気づいたらビジネスに育つ型
まずはこの型。
書きたいことが先にある
世界の“見え方”を言語化したい
自分の思考や感性、体験を積み重ねていく
結果として、
共鳴する人が現れ
濃いファンが育って
「これ、お金払ってもいいかも」が立ち上がる
“内発的動機ドリブン”。
いわゆる雑記ブログは、これにあたるやろね。
この型の強みは明確で、
書くこと自体が報酬
数字はあまり気にならない
ビジネス展開しても、長期戦前提
だから、続く確率が高い。
ビジネスになっても、じわじわ伸びる。
② 最初からビジネス目的で始める型
一方こっちは、
市場選び
ペルソナ設定
キーワード選別
競合分析
CV導線設計
このへんを、最初からガチで考える。
別に悪くない。
むしろ超高度なスキル。
ただし、このパターンに手を出すには条件がある思う。
まぁ一言で言うと、「ゴリゴリのビジネスマインドを持ってること」なんだけど。
精神的タフさ
チャレンジ精神
好奇心と志の高さ
行動や判断の神速さ
現実と感情を切り離せる
つまり、「経営者気質じゃないとキツい」ってこと。
一般人が副業でこれをやると?
設計が甘い
数字が出ない
自尊心が削れる
「俺、何やってるんやろ・・・」
で、書けなくなる
このパターンになりがち。
まぁぶっちゃけた話、副業ブロガーのほとんどは、経営者気質じゃないと思うけど・・・。
☆「ブログはオワコン」の正体
ここで、よくある話もしとく。
「ブログはオワコン」
もう聞き飽きた(笑)。
で、これ、ホンマはこうやと思う。
「ブログはオワコン」は
企業ブログだらけになって、“これまでの普通”が通用しなくなっただけ
なので、“継続することの難易度”が、めっちゃ上がったってだけ
昔は
個人がちょっと調べて
ちょっとキーワード絡めて
ちょっとまとめて
ちょっと感想書いて
アフィリンク貼るだけ
これでそこそこ戦えた。
でも今は?
企業
予算
編集チーム
SEO担当
デザイナー
これが同じ土俵にいる。
で、真っ向勝負したら?
そりゃまぁ“楽勝”ってわけにはいかんわね。
☆じゃあ個人は無理か? → いや、それは違う
個人が負けたのは、スピードと、量産力と、予算。
でもどうやろ。
逆に、「個人が勝てる領域が、前よりも明確になった」とも言えるんじゃないかな。
世界観
人間らしさ
キャラクター
一次体験の厚み
一貫した思考軌跡
ついでに、ニッチ路線、比較評価、毒舌やポジショントーク・・・。
このへんは、企業が一番苦手なところ。
やろうと思ってもできひん。
Googleも、企業サイトの跋扈にそろそろ飽きてきてる。
AIの凄まじい台頭で、個人のメディアに価値が移り始めてる。
「個人は無理」なんじゃなくて、これからは「個人の時代」。
まっつんスタイルはそう思うけどね。
☆「数年で数百記事理論」は成立するか?
逆に言うと、3年5年粘って、300とか500とか記事を積み上げれば、誰でもそこそこの結果は出せるとも言える。
よっぽどおかしなことをしない限り。
やや乱暴かな?(笑)
でも、結論から言うと、条件付きでなら成立すると、まっつんスタイルは思う。
「ブログオワコン説」を、もう一回、精度高めに言い直すと、こう。
ブログは、オワコンになったんじゃない
企業の参入で、“普通の人が途中でやめる確率”が異常に高くなっただけ
だから、数年かけて数百記事を積み上げられる人は、結果が出る側に自然と残る。
よっぽどおかしなことをしなければ・・・。
☆ここで言う「よっぽどおかしなこと」とは?
ここ、めっちゃ大事なんで、ちょっと細かく言語化しとく。
「よっぽどおかしなこと」
まっつんスタイル的には、以下の5つ。
① 軸がないまま書き散らかすこと
テーマが毎回バラバラ。
問いも世界観もなにもない。
その時ウケそうな話題を追いかけるだけ。
もしくは、単なる個人的な出来事とその感想の羅列。
価値が積み上がらないし、何記事書いても全く厚みにならない・・・。
これ、雑記スタイルがダメなんじゃない。
「思想もなにもない雑記」がキツいって話。
ここ、誤解のないように。
② 他人の成功モデルを無理にトレースすること
SEOテンプレをそのままなぞる。
キャラも文体も殺して、ただ量産する。
自分が書いててつまらない。
苦しいから、書いたり書かなかったり。
で、書くたびに自己否定が溜まる・・・。
「The おかしなこと」
③ 短期の数字で自分を裁き続けること
数ヶ月で判断。
10記事で絶望。
PV数や収益で、自らの人格まで評価・・・。
まぁ単なる戦略ミスでもあるけど、これではブログじゃなくて、自己破壊行為。
明らかに「おかしなこと」になってるんで、一から目的や手段を見直した方がいい。
④ 書き手自身が変わらないこと
毎回同じ視点。
同じ深さ。
同じ問い・・・。
「数百記事=成長」になってないパターン。
人として成長しながらの数百記事
そして、そのことが読者に伝わること
これが、生き残る個人ブログの絶対条件。
⑤ 「ブログ=即ビジネス」で自分を追い込むこと
最初から成果前提。
書く=義務。
楽しさゼロ。
内発的動機が枯れる。
継続不能・・・。
これって要するに、技術の話じゃない。
“自分を壊すようなやり方を選んじゃってる”。
もうそれ自体が「おかしなこと」。
☆“残念な”雑記に堕する恐怖
で、ここまで話しながら思った。
自分自身を題材にブログを書こうとすると、
“残念な”雑記ブログに堕するかもしれない恐怖
こいつを、心の隅に抱えてまうのよね。
“残念な”雑記のイメージは大体こんな感じ。
文字通りの、ひたすら雑記的な、自分語りの日記(読者にはそう伝わる雑記)
思い出話?
昔の恋バナ?
なんとなく時事ネタ?
評判のラーメン屋の話?
仕事の愚痴や業界の事情?
なんかもうむちゃくちゃ。
滞在時間、おそらく数秒(笑)。
このスタイルは、よっぽどキャラや主張が尖ってないと無理。
☆「残念な雑記」と「残念じゃない雑記」の違い
まっつんスタイル的に言うと、違いはここ。
“残念な”雑記は、その人の内側で完結してしまってる
感情の吐露と、出来事の羅列だけ
文脈が、自分の中だけで閉じてしまってる
つまり、人に読ませる気がない(ように見える)。
そして読者の心に、「だからなに?」だけが残るという・・・。
一方、“残念じゃない”雑記は、こうなる。
自分の体験を「問い」に変換する
「具体 → 抽象 → 普遍」 のジャンプがある
世界の見え方を刷新し、価値観や美意識を提示する
こっちは読み手に、“自分事として考えさせる余白を渡す”書き方をしてる。
この方向なら、“キツいど素人の日記”には堕ちない。
☆じゃあ今回の結論は?
ここでまっつんスタイルが出した結論。
たぶんそこそこの正解(笑)。
極端な話、切り口はなんでもええ
テーマもなんでもええ
ただ、「この記事でなにを伝えたいのか?」だけは意識する
これで、あとはひたすら積む
たぶん300記事くらいまではこれでいける(笑)
どやろ?
- 切り口やテーマ:なんでもええ
- ポイント:この記事で、「読者に何を持って帰ってもらうか」だけは外さない
- やること:300記事くらいまでは、ひたすら積む
これだけ。
☆あれこれ考えず、まずは楽しく積む
こうして言葉にしてみると、個人ブログに対する心の重みが軽くなる気がせんかね?
たぶん流れとしては、最低300記事くらい積んで、それらをカテゴリー分けする。
自分のメッセージがちゃんと記事ごとに込められているかを、リライトも含めてチェックする。
そんで世に放つ。
“残念な雑記”か、一人の人間の魅力が凝縮した“立派な思想ブログ”かが、そこでわかる。
だから、
あれこれ考えず、まずは楽しく積む
そういうことかなと(笑)。
なんか適当な精神論を言ってるみたいやけど、そうじゃない。
これは確率論。
企業が増えて、“普通”が通用しにくくなっただけ。
継続の難易度が上がっただけ。
だからこそ、折れずに積める人が勝つ。
あれこれ考えず、まずは楽しく積め
ただし、毎記事、「この記事でなにを伝えたいのか?」って意識だけは持って書け
まずは300記事。
ほんまにそれでええと思う☆


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