筋トレ、腸活、断食は、まっつんスタイルのデフォ習慣。
で、最近は欲が出てきたのか、
「“プロテインだけの日”なんかを、たまのコンディショニングとして試してみる?」
とか思いはじめてね。
断食ほどストイックじゃなく、でも食事をギリギリまでシンプルにする日。
これ、意外とありなんちゃうかなと。
“プロテインだけの日”。
もう少し丁寧に言っとくと、水分と塩分、マルチビタミンは補給する。
そして、食物繊維は食べる。
まっつんスタイル的には、根菜、ブロッコリー、キウイなど。
まぁ「こんにゃくゼリー」とかもあり。
こんな組み合わせで、「断食以上、普通食未満」の少食の日を作る。
そんなイメージ。
“プロテインだけの日”と言いつつ、厳密にはプロテインだけじゃない。
でもこの「どないやねん感」がまっつんスタイル(笑)。
正直、24時間断食とか、定期的なダイエット(減量食期)を経験すると、
「あんまり食べん方が、どう考えても調子がいい」
って体感が、疑いなくあるのよね。
糖質と、あと質の悪い脂(油)。
体型、肌質、体調の良さ、思考力の冴え、メンタルの安定。
どれをとっても、少食時の方が、明らかに“平均点”が高い。
好きなものを好きなだけ食べる幸福。
それは間違いなくある。
好きなものを食べようと決めただけで、口元がニヤける。
何を食べるか考えただけで、ドーパミンが出る。
担々麺とか、チョコデニッシュとか、あんドーナツとか。
まぁたまらんよね(笑)。
でもその後に来る、眠気、倦怠感、内臓の重たさ、集中力の散漫さ、強烈な飢餓感。
そして、不安定化するメンタル・・・。
こいつらを考えて天秤にかけると、どうも割に合わん気がしてね。
濃厚で甘〜い幸福感は一瞬。
不快と不調が、遅れてじわりとやって来る。
それに比べて、少食はどうか?
派手な快感はないけど、静かな気持ちよさが、深く、長く効く。
慣れさえすれば、好調の価値を、身体が感じ始める。
そう、そんなことを考えているうちに、ふと連想されたイメージがあってね。
それは、明治・大正・昭和初期の日本男児の写真。
あの白黒で、無表情で、カメラ目線外しがちなやつ(笑)。
あのころの写真の男たちは、小柄、撫で肩、痩せ気味。
現代の基準で言えば、決して恵まれた体格じゃない。
でもなんやろ・・・、異様に精悍な気がするのよね。
顔つき、眼光、佇まい。
なんというか、
「有無を言わさぬ強さ」
が、写真越しに伝わってくる。
そんな感じ。
「あれは迫力は一体何なんやろ?」
そう思わずにいられない。
筋肉や体格?
時代のイメージ?
なんとなく精神論的な何か?
単なる思い込み?
いや、そうじゃない気がする。
たぶんあの精悍さって、食事の量と中身が、相当関係してるとまっつんスタイルは思う。
一昔前の人、あるいは今でも原始的な暮らしをしてる少数部族の人たち。
彼らに共通してるのは、
・常に満腹じゃない
・シンプルな食事しかない
・甘いものや脂っこいものが少ない
・好きなだけ食べられない
・選択肢が少ない・・・
つまり、「軽い空腹がデフォルト」っていう状態なんよね。
現代では考えにくい。
じゃあこの“軽い空腹状態”が、人をどう変えるのか?
まず、身体。
少食やと、少なくともまっつんスタイルの場合こんな感じ。
・胃腸が軽い
・食後の倦怠感が少ない
・むくみを感じにくい
・体脂肪も管理しやすい
結果として、見た目の“精悍さ”にはつながりやすい。
次に、精神。
空腹耐性がついて、空腹にいちいち大騒ぎしなくなると、
「今すぐ何か食べたい!」
「次は何を食おう!」
「もっともっと!」
みたいな食にまつわるノイズが減って、妙に頭が静かになる。
するとどうなるか?
迷いが減り、判断が早くなり、感情が乱れにくくなる。
こういうのが、精神的な「精悍さ」を作るんやと思う。
これもあくまでまっつんスタイルの場合やけどね。
空腹を生き抜こうとする、一昔前の日本男児の身体と精神。
想像すると、なんか「ゾワっと」する(笑)。
さてさて、ここがこの記事のハイライト。
じゃあ現代人。
なんか緩く、どこか鈍く、見るからに“もっさり感”が漂うのはなぜなのか?
それは単に、運動不足やストレスのせいだけじゃない気がしてる。
そう、ズバリ、
「食べ過ぎ!」
しかも、
・甘過ぎ
・脂っこ過ぎ
・柔らか過ぎ
・人工的過ぎ
・おまけに、いつでもどこでも簡単に手に入る・・・
なにもかもが“過剰・過多”なこの環境が、身体も思考も緩めてしまってるってことなんちゃうかな。
まっつんスタイルはそう思う。
ここで言う“もっさり感”って、髪型とかファッションの問題だけじゃなくてね。
体内のコンディションとして滲み出てしまうことが多い。
これ、見てる人には意外と伝わってると思っといた方がいいと思う。
特に女子には、意外とこういう“コンディション感”って見られてる気がする(ここ、マジ大事!)。
少食って、闇雲な原始回帰でも、苦行・修行でもなくてね。
人間本来の作動域に戻すような行為。
まっつんスタイルはそう思う。
適度な空腹。
適度な緊張。
適度な刺激。
これが揃ったとき、心も体も自然と引き締まるもの。
人間としての能力が、十全に発揮できるようになる気がしてる。
このことはホント、一つの考え方として肝に銘じておいた方がいいやろね。
で、最初の「プロテインだけの日」っていうやつ。
これ、だからまっつんスタイルにとっては、別に修行とかってことじゃないのよね。
食事を削ることで、積極的に何かを得ようとしてるってことでもない。
ただ、余計なノイズを引く。
そんなイメージ。
考えなくていい。
迷わなくていい。
心が静かになる。
これって正直、慣れが必要。
毎日毎日、飽きるほど食べてるのが現代人やから、これは仕方ない。
でも「定期的な少食」、「日常的な空腹」を体験したらわかる。
この感覚、実は想像以上に気持ちいい。
“精悍さ”って、筋肉を足した結果じゃない。
努力を盛った結果でもない。
余計なものを引いた結果なんよね。
明治・大正・昭和の男たちが持っていたであろう、あの静かな強さ。
それはたぶん、「基本が少食」っていう生活の中で、自然に育った部分もあったんちゃうかな。
もちろん、あの精悍さを「食事だけ」で説明するつもりはないけど。
時代背景も、肉体労働も、写真文化もあるやろう。
でも、その一要素として、
「今ほど常時満腹じゃなかった食生活」も、案外大きかったんちゃうやろか?
そんな仮説を立ててみたくなる。
そう考えると、食事を削るっていう選択は、決しておかしなことじゃない思う。
こんな飽食が行きすぎた現代やからこそ、あえて実践すべきコンディショニング法やったりする。
食べ過ぎは、男を弱くする?
少食は、男を静かに強くする?
まっつんスタイルはこれからも、いろんな仮説を立てて、いろんなパターンを、自分の身体で確かめてみるつもり。
たまには、ご一緒にいかが?☆


コメント