検索窓には、本音しか映らない 〜検索結果より、検索した理由の方がおもしろい〜


一昔前のまっつんスタイル。

「筋トレ 習慣化」

「40代 独身 男性 〇〇」

「人気 ブログ 共通点」

「モテ 方法」

「副業 おすすめ」

みたいな検索、してたなぁ。

・・・恥ず!(笑)

☆

こんなんでも当時は、そこそこ必死やったんやと思う。

健康、モテ、思考法。

あと収入アップとかネット副業とか。

SEOの勉強なんかもしたしね。

いいと思う情報はとにかく検索してインプットしようとしてた。

昔の検索内容を思い返して感じたのは、

「あぁ、あの頃の俺、こんなこと考えてたんやなぁ」

って感慨と、

「結局知りたかったのって、“自分にとって生きやすい生き方”やったんやなぁ」

ってこと。

☆

例えば、「筋トレのメリット」を知りたかったんやろか?

たぶん違う。

いや、正確には、そのもう一歩先。

そう、内面も外面も変わりたかった。

「副業」を調べたのも、単純にお金が欲しかったからだけじゃない。

もっと自由に生きたかった。

「モテる方法」を検索したのも、恋愛テクニックを覚えたかったわけじゃない。

誰かに認められたかった。

検索キーワードって不思議。

そして、実は生々しい(笑)。

検索してるのは、知識や情報だけじゃなくて、

**「こうなりたい自分」**。

☆

それこそ昔の人って、悩みがあれば、誰かのところへ話を聞いてもらいに行ったんじゃないのかね。

神社に行く。

お寺に行く。

何かの先生に聞く。

親や親族に相談する。

近所の友人に話す。

でも今は、まずGoogleやSNS、もしくはAIを開く(笑)。

誰にも言えないことでも、検索窓になら打ち明けられる。

「40代 転職 不安」

「一人暮らし 寂しい」

「人生 やり直したい」

「白髪 増えてきた」

「40代 モテたい」(笑)

誰にも見せない。

だから、変な見栄も張らない。

もしかしたら検索窓って、現代人にとっての神社みたいなものなんじゃないかね。

願い事も、弱音も、独り言も、全部そこに置いていく。

☆

もちろんGoogleさんは優秀なんで、ちゃんと答えを返してくれる。

筋トレの最適解。

転職ロードマップ。

副業の始め方。

恋愛テクニック。

欲しい情報は、たいてい見つかる。

でも最近、つくづく思う。

本当に欲しいのは、その情報の先。

さっきも言ったけど、筋肉が欲しかったんじゃない。

自信が欲しかった。

お金が欲しかったんじゃない。

安心が欲しかった。

恋愛テクニックが欲しかったんじゃない。

誰かと心を通わせたかった。

資格が欲しかったんじゃない。

そんな人生を生きてみたかった。

検索結果は答えを返してくれる。

でも、検索した理由までは教えてくれんのよね。

☆

だから最近、検索する時に一つ、増えた習慣がある。

検索する前でも、検索した後でもいい。

一回、自分に聞いてみる。

「俺は、なんでこれを検索したんやろう?」

ってね。

これが案外おもしろい。

検索ワードの奥から、本音が顔を出す。

「疲れてる?」

「焦ってる?」

「まだ諦めたくない?」

「まだ燃えてる?」(笑)

ワンクッション置いて自分を観察すると、そんな自分が見えてきたりするから。

☆

禅の世界だと、

「今、この瞬間を見つめる」

ことを大切にする。

一方、検索ってある種、未来に向かう行為。

答えを探しに行くもの。

正反対のようにも思える。

でも、ここがおもしろいとこ。

検索した自分を見つめ直してみると、不思議と最後は、「今の自分」に戻ってきたりするのよね。

外に向かってた問いが、ぐるっと一周して、自分の心へ帰ってくる、みたいなさ。

☆

だから実は、検索結果よりも、“検索した自分”を見つめる方がおもしろいし価値がある。

「どんな言葉を打ち込んだのか?」

より、

「どんな気持ちで、その言葉を打ち込んだのか?」

の方が、ずっと大事な気がする。

☆

検索窓には、本音しか映らない。

そこにあるのは知識欲だけじゃない。

不安も、希望も。

欲望も、祈りも。

ついでに未来も、可能性も、全部詰まってる。

だから、たまには検索履歴を見返してみるのは悪くない。

AIなら全部残ってるしね(笑)。

そこには、

「何を調べたか?」

じゃなくて、

「どんな人生を生きたかったのか?」

が残ってる。

Googleは答えをくれる。

でも、自分が本当に望んでいるものを教えてくれるのは、検索窓に言葉を打ち込んでる自分自身。

なんてね☆


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