子なし父なし男が考える「父性」の話 〜「俺についてこい」だけじゃない、令和の父親の役割〜


「父親ってなんなんやろね?」

今日はそんな話でもしてみる?

とはいえ、まっつんスタイルは独身子なし。

だから、「子育て論」的なもんを語れる立場かって言われたら、まぁ微妙。

下手したら怒られるかもしれん(笑)。

でも逆に言うと、当事者じゃないから見える景色もある気もすると思うわけ。

それにまっつんスタイルは、子なしであり、父なしでもある。

父は小学生の頃に亡くなった。

正直、記憶もほとんどない。

怒られた記憶も。

遊んだ記憶も。

背中を見て育った感覚も。

だからなんかもしれん。

昔から時々考える。

「父親ってなんなんやろ?」

とね。


☆令和の父親、難易度高すぎ

父親。

そう聞くと、いろんなイメージが浮かぶわね。

家族を守る。

大黒柱。

稼ぐ。

責任を負う。

強くある。

弱音は吐かない。

まぁ昭和的と言えば昭和的(笑)。

でも本質は、今でもそこまで変わらんよね。

実際、そういう役割を背負ってきた男性はたくさんいる。

家族のために働き続けるお父さんたち。

子供の将来を考え、いざという時は矢面に立つ。

本当に頭が下がる。

ただ一方で、現代の父親像って、ちょっとあれこれ求められすぎてる気もするよね(笑)。

稼がなあかん。

責任負わなあかん。

家事も育児もしなあかん。

強くも優しくもあらなあかん。

社会の変化に敏感であれ。

行動力も向上心も持て。

論理的で、共感力もあって、決断力もコミュ力も必要。

おまけに、品行方正で、健康的でもあれ。

・・・ってこれ、どこのラスボス?

難易度、高すぎじゃね?(笑)


そんなことを考えてると、また、

「そもそも父親ってなんなんやろ?」

に戻ってくる。


☆血縁だけで父親になるんやろうか?

と、ここでちょっと視点を変えてみる。

一つ疑問。

「父親って、血がつながってたら父親なんやろうか?」

血縁は大切。

それは間違いない。

でも人生を振り返ると、親以上に影響を受けた人っておるよね。

先生。

先輩。

上司。

友人。

恩人。

本の著者。

会ったこともない誰か。


考えてみると不思議。

まぁまっつんスタイルは、父なしやから、当然ちゃあ当然。

でも、

人生の途中で出会った人たちから、ちょっとずつ「父性的なもの」を受け取ってきた

気がする。

歴史上の人物なんかもそう。

良寛。

兼好。

一休。

あるいは、

明治天皇。

乃木大将。

東郷元帥(笑)。

教科書の中の人物たち。

今の社会を作り守ってきた、人生の先達たち。

そう考えると父親は、ある意味で血縁だけの存在じゃなく、

「生き方を見せる存在」

なんかもしれんね。


☆俺についてこい、にはあまり憧れなかった

ここはたぶん、父親不在で育った影響もあるんやろうね。

まっつんスタイルは、

「俺についてこい!」

みたいな父親像に、昔からあまり惹かれない。

というか、想像できん。

知らんから(笑)。

むしろしっくり来るのは、

一緒に考える。

一緒に悩む。

必要な時だけ背中を押す。

いざというときは体を張る。

そんな在り方。

今の父親像って、昔はどシンプルじゃないし、権威的である必要もそこまでないかなと。

だから現代の父性って、支配力じゃなくて伴走力なんちゃうやろかね。

相手の人生を代わりに生きることってできひん。

でも隣を歩くことはできる。

転んだ時に手を差し伸べることはできる。

迷った時に話を聞くこともできる。

それくらいの距離感?

これってきっと、世間の「理想的な父性」とは違うんやろね(笑)。

でもまっつんスタイルは、むしろ、そのくらいがちょうどいい気もしてる。

全員が全員、ゴリゴリのアルファじゃなくてもええやん、って。


☆養子というテーマがおもしろい理由

だからそう、養子っていうテーマに、少し惹かれる。

いや、別に推進したいわけじゃない(笑)。

制度の話がしたいわけでもない。

おもしろいのは、その奥にある問い。

「血のつながりのない父親(父性)とは?」


実際、世の中にはそういう父性って、あるよね。

養子。

師弟関係。

職人と徒弟。

スポーツ監督と選手。

教師と教え子。

柱と継子(笑)。

血縁はない。

でも、確かに何かが受け継がれてる。

技術。

価値観。

生き方。

考え方。

哲学。

そう考えると父性って、遺伝子とは別の、“関わり方”の中に宿るもんって気もする。


物語の世界でも、血縁を超えた父性って妙に魅力的やったりするよね。

『コクリコ坂』の、澤村雄一郎と風間俊。

『銀河英雄伝説』の、ヤンとユリアン。

なんかいい。

尊敬と感謝、親愛と慈しみとの関係。

親になることと、父性を持つことは、意外と別の話やったりするんかもしれん。


☆人はたくさんの父性に育てられている

なんか考え出すと、人って一人の父親だけに育てられるわけじゃないってことよね。

人生の途中で、たくさんの大人から影響を受ける。

先生。

先輩。

上司。

恩人。

作家。

哲学者。

時には友人。

時には年下からも(笑)。

そうやって少しずつ、人は生き方を学ぶ。


だから父性って、一人の父親の専売特許とは限らん。

社会全体で受け渡されているものなんかもしれんって。

そんなふうに考えるのもおもしろい。


☆父性は案外、あちこちに存在している

ここまで書いて思う。

父性って、案外いろんな場所にあるよね。

実子を育てる父親。

養子を迎える親。

先生。

監督。

道の師匠。

職人の親方。

会社の先輩。

近所のおっさん(笑)。

血縁もあれば、そうじゃない関係もある。

でも共通しているのは、

誰かの人生に、少しだけ光を渡してること

父性の本質は、たぶんここなんちゃうかな。

血がつながるかどうかより、

どんな温度で関わるか。

どんな言葉を残すか。

どんな背中を見せるか。

そっちの方が案外大事なんかもしれん。

だから父性って、戸籍の肩書きというより、一種の“機能”なんかもしれん。


☆おわりに

「父親とは?」

なにやら賢しいことを書いたけど、正直、よう分からん(笑)。

もちろん、「強く頼れる親父」っていう父親像が消えることはないやろうと思う。

たぶんこれからも必要。

実際、かっこいいし、憧れる(笑)。

でもそれだけが、父性の全てでもないのかなと。

まだまだこれからも、父親に求められるものは増え続けるやろうし(笑)。


でも、なんとなく思う。

父性は突き詰めると、

その人がその人らしく育っていく姿を信じること

そして、必要な時だけ、そっと隣にいること

それは、実の親かもしれん。

先生かもしれん。

友人かもしれん。

あるいは、ブログを書く誰かかもしれん(笑)。

「俺についてこい」もいい。

同時に、

「大丈夫や。隣を歩くから」

そんな在り方が、今の時代の父性には、意外と似合ってる気もする。

個人としても、社会全体としても。

まっつんスタイルは、そんな父親なら、ちょっとやってみたいかなと。

そんなことを思う今日このごろ☆


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