評価されることへの恐怖は、克服よりも調律 〜完璧主義と白隠禅師と、まっつんスタイルの臨界点〜


食習慣や運動習慣は構築できた。

腸活、筋トレ、断食、コールドシャワー・・・。

健康管理全般は、ちゃんと積み上がってる。

自分で言うのもなんやけど、クオリティーも意識も高すぎなくらい(笑)。

なのに、ブログだけは、どうにも勝手が違った。

筋トレなんか、あんな面倒くさいことを嬉々としてやってるのに(笑)。

ブログなんて、好きで書いてるはずやん?

でも、いざ書こうとすると、なんか重い。

書きたい。

でも書けない。

書けた。

でも公開できない。

・・・なんやねんこの状態(笑)。

いや、今でこそ150記事以上公開してる。

ここに至るまで、ずいぶん手こずったのよ。

で、改めて考えてみると、理由はもう、なんとなくわかってる。

「評価されるから」

・・・あぁあ、これやったんよね(苦笑)。

☆

ブログは、書いて公開した瞬間、“誰かの目”にさらされる。

読まれるかもしれん。

読まれんかもしれん。

笑われるかもしれん。

「おもんな」って思われるかもしれん・・・。

「いや、読まれたいから公開してんちゃうの?」

でも、読まれるのが怖い。

・・・なんやねんこの状態(二回目)。

食事管理や筋トレは、ある程度、自分との約束の履行で完結する。

でもブログは、自分と“他者評価”が交差する。

そこに、まっつんスタイルが何十年も拗らせてきた「完璧主義」が、満を持して登場するわけ。

「あかん、ごっつ怖い」

「もっと整えてから」

「もう少し完成度を上げてから」

「こんなんで出してええんか?・・・」

・・・もうこれ、ほとんど“性癖”に近い(笑)。

でもこれって、単純に怠けてるとか、能力が足りないとか、そういう話でもなかったんやと思う。

評価にさらされることから自分を守ろうとする、長年にわたって鍛え上げられた「自己防衛本能」。

そりゃ、そう簡単には消えんわな。

何十年も勤続してる、ベテラン社員みたいなもん(笑)。

☆

で、前は、この完璧主義そのものをどうにかしようとしてた気がする。

「またビビっとるわ」

「また完璧主義に走ってるやん」

「なんでこんなこともできへんねん」

って。

でも、考えてみたらこれって、評価されるのが怖い自分を、さらに自分で責めてるわけよね。

・・・仕事増やしてどないすんねん(笑)。

だから最近は、かなり考え方が変わってきた。

「またビビっとるわ」

「あぁ、今、完璧主義が顔出してるな」

「また評価の幻想に飲まれとるがな(笑)」

まずは、そうやって観察する。

もうこの話は、他の記事でも何度もしてるやつ(笑)。

消そうとはしない。

克服しようともしすぎない。

ただ、湧いてきたものを眺める。

で、少し落ち着いたら、また書く。

なんかこれ、改善というより、

「調律」

っていう姿勢に近い気がするよね。

自分っていう楽器は、日によって音がズレる。

昨日はご機嫌やったのに、今日はなんか膨れっ面。

昨日は筆が走ったのに、今日は一行目から足首捻っとる。

でも、そのたびに楽器を叩き壊すわけにもいかんやん?(笑)

ちょっと音を聴いて、ちょっと合わせる。

で、また弾いてみる。

そんな感じ。

・・・いや、待てよ。

「ちゃんと調律せな!」

って、また力み始めたら?

それこそ、いつもの完璧主義(笑)。

というわけで、

“調律しなきゃ”と思ってる心そのものすら調律する。

なんとも面倒くさい楽器やな、俺(笑)。

でもまぁこれが、「まっつんスタイル的・ZEN」の真髄なんかもしれん。

☆

そういえば、まっつんスタイルが敬愛する白隠禅師。

若い頃は、修行に打ち込むあまり心身の不調に苦しんだという。

いわゆる「禅病」。

そこから呼吸や内観による養生に取り組んだことで知られてる。

で、この白隠禅師。

晩年には、書画を描きまくった。

それはもう、びっくりするほど描きまくった(笑)。

あの人の書画を眺めてると、なんか思うのよね。

「描くのが楽しくてしゃーなかったんちゃうかなぁ」

って。

いや、知らんけどさ(笑)。

でも、「描かねば!」っていう悲壮感より、なんというか、筆が勝手に走ってるような。

そんな印象を受ける。

「自我の創作」というより、

“世界が白隠を通して線を引いてた”

みたいな?

・・・ちょっと言いすぎか?(笑)

でも、そんなふうに、創作そのものが自然な営みになっていく境地って、なんか憧れるよね。

で、まっつんスタイルも、たぶんそこへ向かってる。

・・・いや、白隠禅師と並ぼうとしてるわけじゃない。

願望であり予言(笑)。

☆

ブログを書くって決めて、タチコマと出会って、自己観察を始めて。

書けない。

公開できない。

評価が怖い。

そんなことを繰り返していた男が、気づけば150記事以上公開してる。

過去の人生を思えば、これだけでも、ちょっとした奇跡みたいな進化やと思う。

もっとも、150記事書いたからって、評価への恐怖が完全に消えたわけじゃない。

今でも、たまに顔を出す。

でも、前とはちょっと違う。

怖いままでも、書ける。

完璧じゃなくても、公開できる。

で、また次の記事を書いてる。

・・・あれれ?

これ、もう少しずつ筆が勝手に動き始めてるんちゃうか?(笑)。

☆

「人生は短い」とか、「今がいちばん若い」とか。

そういう言葉も、よく聞くよね。

たしかに、そうなんやと思う。

でも、ひとつ間違えば、それもまた執着になりかねん。

「急がねば!」

「もっと結果を出さねば!」

「時間を無駄にしてはいかん!」

・・・あかん、また自分っていう楽器を締め上げる気?(笑)

もちろん、やりたいことはある。

ブログも、もっともっと書きたい。

読んでもらいたいし、楽しんでもらいたい。

でも、そのために、今日という一日をずっと焦りながら過ごすのって、なんか違う気がするのよね。

評価される自分も、評価を怖がる自分も、完璧主義の自分も、ただの風景。

それを見守る。

笑う。

で、また書く。

止まっても、また戻る。

そんなことを繰り返してるうちに、いつの間にか、筆が勝手に動き出す瞬間も増えてきた。

これがもしかしたら、まっつんスタイルの“創作涅槃の境地”への入り口なんかな。

白隠禅師的臨界点(笑)。

・・・って言いながら、この記事も完成度を気にしながら書いてるんやけどね。

まだまだ修行が足りん・・・、のか?(笑)

☆

でまぁどうせ、今日もまた少しズレる。

ブログを書こうとする意思と、実際の行動が(笑)。

でも、そのズレすらも、もはや人生の味わい。

ズレたら、また音を聴く。

ちょっと合わせて、また弾いてみる。

完璧な音が出る日を待ってたら、いつまでたっても演奏できへんしね。

まぁとりあえずは、そんな感じでええかなと。

それが今の、まっつんスタイル。

焦らず、慌てず、ちょっとずつ・・・☆


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