☆仏教動物園は、修行の話じゃない
この連作は、「悟りを目指そう」とか、「正しく生きよう」的な“教本”じゃない。
ましてや、禁欲や我慢を推奨する話でもない。
単に、
「仏教の教えには、やたら動物が出てくるよね?」
って、そんな思いつきを、“まっつんスタイル的”に遊んでみようって企画(笑)。
現実的で、もっと生活に近い感覚で。
騒がしすぎるこの世界で、いかに立つか
情報が溢れ、正しさがぶつかり、評価され、競わされ、常に何かに反応させられる今の時代。
その中で、自分の軸を失わずに立つにはどうすればいいのか?
その問いに対する、一つの地図として、生まれたのが、まっつんスタイル的・仏教動物園(笑)。
☆「八正道」を、“無理やり”動物で読み替える(笑)
有名な仏教の「八正道」は、本来、生き方の指針を8つに分けたもの。
- 正見(しょうけん) : 正しい見識
- 正思惟(しょうしゆい) : 正しい考え方
- 正語(しょうご) : 正しい言葉
- 正業(しょうごう) : 正しい行い
- 正命(しょうみょう) : 正しい生活
- 正精進(しょうしょうじん) : 正しい努力
- 正念(しょうねん) : 正しい心の在り方
- 正定(しょうじょう) : 正しい精神
ただまぁ、現代人にとっては、ちょっと言葉が重いし、遠い。
そんなわけなんで、まっつんスタイルではこれを、“動物の在り方”として“無理やり”再配置する(笑)。
思想は、ちゃんと理解しようとしなくてよくて、感覚で掴めばいいと思ってる。
体でわかる方が、ずっと強い。
小難しい理屈を理解するより、実生活に応用できることの方が大事。
じゃあ軽くいってみよう。
☆① サイ|距離を取る(正見)
サイの角のように、一本で歩く
群れに依存せず、欲と争いが増幅する場所から距離を取る。
ここで問われるのは、
世界をどう見て、どの位置に立つのか
ということ。
近づきすぎれば、自己像が歪む。
まずは適切に距離を取ること。
それが、すべての出発点。
☆② 象|成熟した孤独(正思惟)
有名な「林の中の象」。
成熟した大人は、象のように大きさを誇らない。
一人で立てるからこそ、無駄に前に出ない。
静かに、一人立つ。
ここで扱うのは、
何を選ぶか
ということ。
思考とは、必ずしも速さじゃない。
重さを感じて選択すること。
☆③ 猿|考えすぎに気づく(正念)
心は、猿のように跳ね回る。
過去か未来か、勝ちか負けか、優か劣か、美醜、正誤・・・。
止めようとすると、余計に暴れる。
だから、あえて止めない。
「今、ここにいるか」に、ただ、気づく
それを確認する技術。
それが、猿に気づく「正念」。
☆④ 蛇|欲を観る(正語)
蛇は、執着の象徴。
ねばっこく、しつこく絡みつく。
でも切ろうとしちゃダメ。
噛まれる距離まで近づいちゃダメ。
間合いを見極めて、観察する。
欲をどう観るか。欲をどう扱うか
蛇の扱い方は、表情や態度に出る。
そしてなにより、必ず言葉に現れる。
☆⑤ 亀|反応しない(正業)
亀は、引っ込む。
自分をしっかり守る
それは逃避じゃない。
高度な“自己制御”。
どう動くか
反応を選ぶことが、戦略になる。
強靭でしなやかな処世。
☆⑥ 鹿|静寂を選ぶ(正命)
鹿は、騒がしい場を避け、静かな環境を選ぶ。
調和を尊ぶやさしい動物。
そして悟りは、鹿のいる場所で語られた。
静寂に包まれ、人間社会の価値や評価と隔絶された場所。
鹿が語るのは、
どこで生きるか
というメッセージ。
このメッセージ(問い)自体が、生活の質を変えてくれる。
☆⑦ 鳥|手放して飛ぶ(正精進)
鳥は、とにかく身軽。
荷物を持たない。
過去も未来も、地位もキャリアも、カネもモノも。
空に置いて、軽やかに飛び回る。
何を手放し、そしてどう続けるか
手に入れれば入れるほど、人生は重くなる。
“軽さ”こそが、持続を生み、生き残りにつながる。
☆⑧ 虎|恐怖を越える(正定)
虎は、人の心が生み出した“未来の幻影”。
まだ存在してないものに対する恐怖心。
決まって、行動の直前に姿を現す。
でも敵じゃない。
“門番”だと考えればいい。
ここで、いかに踏み出すか
踏み出せば消えるのが虎。
踏み出した心は静まり、体は自然と動くようになる。
☆仏教動物園という循環
- 距離を取って
- 重さを知って
- 気づいて
- 欲を観て
- 反応を止めて
- 静寂を選んで
- 手放して
- そして、踏み出す
これは、直線ってわけじゃなくてね。
何度でも巡る“円”。
人生は、一度攻略して終わりのゲームじゃないから。
日々の繰り返しであり、整え直し続けるもの。
「この動物園を、ひたすら循環すればいい」というのがまっつんスタイル。
☆エロモテZEN的まとめ
魅力的な人間の発する色気は、技術だけじゃない。
- 距離感
- 観察眼
- 間(ま)
- 静けさ
- 軽さ
これらが、自然に滲み出た状態でこそ真に発揮される。
仏教動物園は、それを思い出すため、感じてもらうための場所。
☆今日は、どの動物でいく?
全部いっぺんにやろうとしなくていい。
今日は、サイでも、亀でも、鳥でもいい。
世界を無理に、変えようとすると疲れる。
というかそもそも変えられない(笑)。
だから、立ち方を変えればいい。
それだけで、見える景色は変わる。
「仏教動物園(まっつんスタイル的・“無理やり”八正道)」が、そのきっかけとなればうれしい☆


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