今日は、まっつんスタイルの、「超人生移行期」の頃の話。
「超人生移行期」。
だからこそ、自分の中で「不安アラーム」がガンガン鳴る(笑)。
ライスワークとブログ運営の両立。
収入やリソースの配分。
借金返済計画。
引っ越しと関連事務の処理。
農業の後片付け。
ホントはもっとブログ書きたい。
関西を離れる前に、軽トラでドライブにも行きたい。
ちょっと遠くにある、お気に入りのたい焼き屋にも行きたい(笑)。
とにかく、なかなかに混沌としてる状況。
で、心の中で、もう一人の自分がいろいろ言う。
「収入ないくせにドライブ?たい焼き?」
「日雇いでもして、少しでも借金返せよ!」
「ブログなんか書いてる場合なん?」
うん、わかってる。
わかってんねん。
でも、うるさいねん(笑)。
今日はそんな話。
☆不安があるのは普通
まず前提として、
「不安があるのって普通のことなんやろなぁ」
ってこと。
人生が変わろうとしてる時。
生活の形が変化する時。
仕事が変わる時。
収入が不安定な時。
新しいことを始める時。
そんなとき、不安が出ない方がむしろ不自然。
不安があるってことは、ちゃんと現実を見てるってことでもある。
収入。
借金。
生活費。
引っ越し。
仕事。
未来諸々。
こういうものをちゃんと、しっかりと認識してるから、不安が出る。
だから、「不安がある = ダメじゃん」って考えなくてよし。
「あぁ、今日も“不安アラーム”鳴ってるな〜」
って、まずはそれくらいで(笑)。
☆不安アラームは、よく誤作動する
しかも不安アラームって、よく誤作動するからね。
ここ、めんどくさいとこ。
不安アラームは、けっこう正論っぽい音がする(笑)。
「今すぐ稼がなあかんやろ」
「遊んでる場合ちゃうやろ」
「そんな夢みたいなこと言ってる場合か?」
「もっと現実見ろや」
うん、どれも“それっぽい”。
でもこれ、全部が全部、本当とは限らん。
たとえば、軽トラでドライブに行く。
遠くのたい焼き屋まで行く。
一見すると、ただ遊んでいるだけ。
でもさ、
「別にええやん」
「なにがあかんねん?」(笑)
以上終了なんやけど、あえて理屈をつけてもいい。
まっつんスタイルにとっては、ただの娯楽や逃避ってわけじゃない。
知らん土地に行く。
音楽を聴きながら。
頭を空っぽにして、心を整える。
未来のイヴォーク巡行の予行演習?(笑)
そういう、人生にとって大切な大切な時間でもあるわけ。
だから、別にええやん(笑)。
毎日毎日行くわけじゃなし。
だから、単純に、
「遊び = 悪」
「労働 = 善」
みたいに切り分けると、人生がただ退屈で、窮屈になるだけ。
そしてそれは、どんな状況においても一緒。
不安アラームは大事。
大きく踏み外さんためにも。
でも、そのアラームが、いつも“正しい”とは限らん。
☆快か、逃避か、怠惰か
たしかに、生きてたら、
「これは“快”か?」
「それとも単なる逃避か?」
「“快”というより、怠惰か?」
このへんの見極めって、なかなかに難しいもの。
「収入の床」が、まだ安定してない時期は特に。
生活の土台が不安定やと、どんな“快”にも、少しずつ罪悪感が混ざる。
ブログを書いていても、
「いや、まずライスワークやろ」
ドライブしていても、
「こんなことしとる場合か?」
たい焼きを食べていても、
「借金あるのに、たい焼きて(苦笑)」
でもまぁこれも、自然な反応なんかもしれん。
“快”が間違っているわけでもないし、自分が明らかな怠け者ってわけでもない。
ただ、生活の床が不安定な時期やから、“快”が濁りやすいだけ。
そんなふうに考えてみると、少し気持ちがラクになる。
何事も慌てず、冷静に観察して言葉にしてみることやね。
☆観察すると、不安と自分が分かれる
そう、大事なのは「観察」。
不安が出た時に、
「あぁ、なんとなく不安」
で終わらせない。
「あら?また不安が出とるがな。なんやこれは?」
って“観る”。
この違いが大きい。
「不安に飲まれるんじゃなく、不安を観てる自分に戻る」
まっつんスタイルで言うところの、
「わかってんねん、ぅるっさいな!」
って状態。
不安に向かって言うのね(笑)。
これは、不安を“観てる”ってこと。
ちょうどいい距離を保つイメージ。
不安を完全に消そうとしない
不安と戦う必要もない。
ただ、少し離れて、観る。
そうすると、不安アラームは、ただの音になる。
「鳴ってるな〜」
「ちょっとうるさいな〜」
「まぁでも、俺は俺でやることやるだけやな〜」
そんな感じ(笑)。
これももしかしたら、まっつんスタイル流の、いわゆる「ZEN的な態度」かもね。
☆不安は行動で小さくなる
どうやら不安って、考え続けてもあまり小さくならんのよね。
むしろ、考え続けるほど大きくなったりするから厄介。
でも、少しだけ動く。
すると、意外と小さくなる。
転職サイトを眺める。
部屋を10分だけ片付ける。
借金の返済計画を確認する。
引っ越しタスクを一つ進める。
たい焼きを食べに行って、帰ってから一段落だけブログを書く(笑)。
こういう小さな行動で、不安は現実サイズに戻るらしい。
不安って、
頭の中に置いておくと巨大化する
でも、行動に変換すると、急に小さくなる
そんなふうに理解しとく。
すると、
「あれ?意外とこんなもんか」
ってなる。
だから、不安が出たら、迷わず、
答えを出すより先に、少し動く、
これ、けっこう大事かも。
☆快6、義務4くらいでいい
最近のまっつんスタイルの仮説。
今日一日を、6割以上で満足できたら、それで十分
快6、義務4
これでいい(笑)。
全部を義務にすると、病む。
全部を快にすると、「それってどうなんやろう?」が湧いて出る。
だから、ここでも「中道」。
どこかに偏らず、自由を保つ
軽トラドライブもする。
たい焼きも食べる。
でも、ブログも少し、書く。
荷物も片す。
借金の確認もする。
「未来の俺セット」も眺める(笑)。
これのバランス。
一日を100点にしようとしない。
6割満足なら勝ち。
それが積み重なれば、人生移行期に限らず、人生全体はそこそこいい感じ。
☆システムと習慣で飼い慣らす
不安を根性で消そうとすると、シンプルに疲れる。
だから、“システム化”で飼い慣らすのも一つの手。
たとえば、まっつんスタイルなら、ざっくり、
やることを決めてしまう。
やらないことも決めてしまう。
あえて選択肢を減らす。
タスクや成果を可視化する。
とかとか、そんな感じ。
「今日は気合いで全部やる!」
じゃなく、
「いつものやつを一個やる」
みたいなね。
大事なのは、“嫌いにならないこと”やったりするから。
ブログを、
自分を、
人生を、
嫌いにならないこと。
ライフワークってつまり、死ぬまで続くもの。
だったら、折れないやり方を選んだ方がいいに決まってる。
嫌いにならないペースで続ける。
だから、
不安は消すより飼い慣らす
そのために、習慣と仕組み化を使う。
まぁ結構基本やね(笑)。
でも実際、かなり“現実的でZEN的な所作”やとも思う。
☆どうせやる
あと最近、自分について少しわかってきたことがあってね。
「俺は、どうせやる(笑)」
いや、自慢とかじゃなしに、こう自然と思てるから、大きくブレないって話。
だから不安も、無軌道に膨張することもない。
夏休みの宿題みたいに、最後に追い込まれるタイプかもしれん。
でも、どうせやる。
農業の後片付けも。
引っ越しも。
借金返済も。
ブログの鬼積みも。
新しいライスワークも。
横浜も、イヴォークも、日本語教師への道も。
たぶん、最終的には全部やるって知ってる(笑)。
なんか無理なくそう思えてるのよね
だったらいちいち、やることなすことに、善悪や優劣を持ち込む必要はなし。
どうせやるから(笑)。
早くやる人が偉い。
ギリの人はダメ。
もうそんなん知らん(笑)。
そんなことを言い出したら、ただしんどい。
大事なのは、
自分の習性を知って、
自分の扱い方を覚えて、
でもって、自分を信じて、
そうして最後にちゃんと、帳尻を合わすこと。
まっつんスタイルは、たぶんそういうタイプ。
☆結び
「不安アラーム」は消えん。
たぶんこれからも鳴る。
収入のこと。
仕事のこと。
ブログのこと。
将来のこと。
お金のこと。
モテのこと(笑)。
いろいろ鳴る。
ギャンギャンなる日も来る(笑)
でも、その不安に飲まれない。
人生のハンドルを渡さない。
観察して、少しだけ動く。
システム化して、今日一日を、6割以上満足で終える。
それを積み重ねる。
人生の超移行期。
それくらいで十分。
ていうか、そこまでできたら上等(笑)。
不安は敵?
いや、ただ、ちょっとうるさい同居人みたいなもん。
だから今日も、
「もうわかってるから、いちいちうるさいねん」
って言っとけばいい(笑)。
そう言いながら、少しだけ前に進む。
不安が消える日を待ってたら、たぶん何も始まらんからね。
だから、不安と一緒に進む。
ブログを書いて、
タスクを一個、片付けて、
軽トラで走って、
たい焼きを食う(笑)。
それでええねん。
それが、今の、まっつんスタイル☆


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