今日は、「親を尊敬できる人」の話。
別記事でも少し書いた気がするけど、この話、好きなんでもう一回(笑)。
正直、まっつんスタイルにはできなかったことでもあるから。
できなかったというより、でき“きらなかった”というべきかな。
かなり昔の話なんやけど、こんなことを言ってる人見たことがある。
「“尊敬する人は両親”とか言ってるから、最近の若いやつはダメなんじゃね?」
「もっと偉大な人物を目標にしろよ!」
なんかそんな感じのこと。
で、まっつんスタイルは思ったわけ。
「いや、別にええやん(笑)」
「親を尊敬して、なにがあかんのよ?」
って。
今日はこのネタをもうちょい掘ってみる(笑)。
☆親を尊敬するのって、実は難しい
冷静に考えてみると、親って家族やん?
生まれて10〜20年は一緒に暮らすやん?
てことは、幼少期に、親ほど欠点が見える大人っておらんわけよね。
感情的なところも見てる。
大人とも思えん失敗をするところも見てる。
精神的に脆いところも知ってる。
選択を間違うことも知ってる。
「なんでそんなこと言うん?」みたいなことも、しょっちゅうある。
でも、それでも尚、
「尊敬してる」
って言える。
それにしても、これって、実はかなりすごいことなんじゃないかと思うんやけどね。
遠くの偉人を尊敬するなんてのは、言ってみれば簡単なこと。
すげーところしか見てへんから。
でも親はそうじゃない。
近すぎる。
人間臭すぎる。
欠点も弱さも丸見えや。
そんな相手を尊敬できるって、実は想像以上に難易度高い。
若い頃は親を尊敬できんくて当然とも言える。
子供にとって親は、最初の世界そのものやから。
それがすべてやと思うと、反発もするし、傷つくこともある。
でも年齢を重ねると、少しずつ見えてくるわね。
「親もまた、ただの人間やったんやなぁ」って。
「完璧な大人なんか、どこにもおらんわなぁ」ってな具合に。
そして、その不完全さが見えてから始まる尊敬もまたある、と。
むしろ、こっちの尊敬の方が本物かもしれん。
☆つるの剛士さんの言葉
昔、タレントのつるの剛士さんが、
「尊敬する人は両親です」
的なことを言っているのを聞いたことがある(記憶、若干曖昧(笑))。
不思議なもので、その言葉に妙な説得力を感じたのを覚えてる。
なんでやろ?
たぶん、つるのさん自身が、めっちゃ自然体で柔らかいからやと思う。
強さもある。
優しさもある。
家族思いな感じもする。
でも、変に偉そうじゃない。
どこか無垢で、どこか楽しそう。
だから、
「ああ、この人ならそう言うわな」
って納得したんかもしれん。
「親を尊敬してるって立派」とか、そんな単純なことを思ったわけじゃなくてね。
“親を尊敬できるような人生を歩んできたこと”に、どこか羨望と、純粋さみたいなものを感じたんやと思う。
☆親を尊敬できるという幸福
勘違いしてほしくないんやけど、親を尊敬できるというのは、親が完璧だったっていう話じゃないからね。
親を尊敬してる子は、みんな素直でいい子とか、そんな話でもない。
(まっつんスタイルは基本、二元論には与しない(笑))
むしろ逆だから、あえて言ってる。
不完全さも知っている。
弱さも知っている。
失敗も知っている。
それでも、
「よう頑張ってたよな」
「ありがたかったな」
そう思える。
そこには、
愛情。
信頼。
安心感。
あと、赦し。
そんなものが綺麗に混ざってる気がするのよね。
大人になるほど、そんな気がする。
だから、
「尊敬する人は両親です」
って言える人は、人生の土台がしっかりしてるんやろね。
混沌の中でも、しっかり安定して立っていられる。
そんな、なんというか、恵まれた存在なんかも。
☆夫婦仲という見えない資産
まっつんスタイルは今、諸々タイミング的に、子育てとか家族のことを考える機会が増えた。
そこでよく思う。
「親が子供に残せるものって何なんやろう?」
とね。
財産。
貴重な体験。
将来、役に立ちそうなスキル。
もちろん大事。
でも、それ以上に大事なものがあるんじゃないかね。
夫婦仲。
家の空気。
安心感。
笑い声。
何気ない会話。
こういう目には見えないもの。
子供は親の言葉以上に、親同士の関係性を見てる。
もし、家が安心できる場所やったなら。
もし、親同士が信頼し合っていたなら。
それは子供の中に、“人生に対する信頼”という資産として残っていくんじゃないかね。
で、その延長線上に、
「尊敬する人は両親です」
っていう言葉が生まれる。
そんなような気もする。
☆それでも親は完璧じゃない
もちろん現実はそんな単純じゃないんやろう。
親との関係に苦しむ人もいる。
尊敬どころか、思い出したくもない人も、きっとおる。
まっつんスタイルも・・・、ちょっとそれ(笑)。
世の中に完璧な親も、完璧な親子関係も存在しない。
家庭環境なんて、ホントに人それぞれやからね。
だから、この記事で言いたいのは、
「親を尊敬すべき!」
とかって話じゃ全然ない。
そんなことは、言わん(笑)。
ただ、もし今、
「尊敬する人は両親です」
って言える人がいたとする。
その人って実は、めちゃめちゃ幸運で、幸せな人なんじゃないかなと。
子育てのひとつのゴールとして、めっちゃ尊いことなんじゃないかなぁと。
そんなふうに思うだけ。
☆結び
親って、ともすれば、単なる反面教師になりがち。
だからついつい、
遠くの成功者、
遠くの偉人、
遠くの理想。
そんなものを追いかけがち。
まぁそれも悪くない。
でも、身近な人の尊さに気づけること。
これもまた、一つの才能なんじゃないかしらね。
才能であり幸運。
「親を尊敬する」
少なくともそれは、志が低いことでも、視野が狭いことでもないはず。
むしろ、近すぎて見えなくなりがちなものの価値を見抜く力かもしれん。
世界と調和する、おおらかさの体現かもしれん。
「尊敬する人は両親です」
改めてすごい言葉。
一体これの、なにがあかんねん?(笑)
うらやましいとすら、まっつんスタイルは思うけどね☆


コメント